大瀬うたじ
大瀬 うたじ(おおせ うたじ、1948年3月17日 - )は、日本のお笑い芸人。本名:藤沢 能仁。出囃子は『木曽節』又は『韋駄天』又は『信濃の国』。
| 大瀬 うたじ | |
| 本名 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1948年3月17日(76歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 大瀬しのぶ・こいじ 三代目三遊亭圓歌 |
| 出囃子 | 木曽節 韋駄天 信濃の国 |
| 活動期間 | 1971年 - |
| 所属 | 漫才協会 落語協会 |
| 公式サイト | 大瀬うたじ |
経歴
長野県塩尻市出身。長野県塩尻志学館高等学校、駒澤大学文学部卒業。
1971年、浅草松竹演芸場で大瀬ゆめじと知り合い意気投合し「大瀬ゆめじ・うたじ」のコンビ結成、大瀬しのぶ・こいじに入門。1988年1月、漫才協団(現:漫才協会)真打昇進[1]。
2013年4月頃、コンビ解散。以後はピン芸人として活動している。
解散後しばらくは改名の形跡はなかったが、メインの活動場である浅草東洋館の香盤表では「うたじ」名義で表記されており、2014年秋頃より漫才協会ホームページ上でも「うたじ」名義となった。落語協会においては屋号が残ったままの状態が続いていた。
カホンを叩く漫談のピン芸人としての活動のほか、2015年秋より大空遊平・結城たかしとボーイズ芸のユニット「トリオザキュースケ」を結成したが、半年ほどで活動終了。晩年の内海桂子の一人高座の鳴物なども務めた。
現在はピン芸人としての活動に専念している。
人物
コンビ解散後のピンの芸名は「コンビ名を残したい」という意志から「大瀬ゆめじ・うたじ・大瀬うたじ」の予定だったが、長すぎるため「大瀬ゆめじ・うたじ・うたじ」になった。しかしそれでも長すぎるため、コンビ名も屋号も無い「うたじ」となった。
2023年12月、芸名が「大瀬うたじ」となった[1]。
脚注
出典
- “大瀬うたじ”. 一般社団法人漫才協会. 2024年2月3日閲覧。
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