佐々木カネヨ
略歴
- 1904年(明治37年)3月11日 - 秋田県河辺郡和田村に生まれる。
- 1916年(大正 5年) - 宮崎モデル紹介所[1]にスカウトされ、上京し東京美術学校のモデルを始める。藤島武二のモデルをつとめる。
- 1916年(大正 5年) - 伊藤晴雨の愛人となり、SM (責め絵) のモデルとなる。
- 1918年(大正 7年) - 伊藤晴雨と別れる。
- 1919年(大正 8年) - 本郷・菊富士ホテルに寄宿していた竹久夢二と知り合う。

モデルとされる「黒船屋」1919年
- 1921年(大正10年) - 竹久夢二と渋谷に居をかまえる。与太郎を出産するが夭折。
- 1924年(大正13年) - 竹久夢二が設計した、東京世田谷区のアトリエ兼自宅「少年山荘」に引っ越す。
- 1925年(大正14年) - 自殺未遂。竹久夢二と別れる。

藤島武二作『芳蕙』(1926年)
- 1927年(昭和 2年) - 大輪善治と結婚するが翌年離婚。
- 1931年(昭和 6年) - 3歳年上の医師、有福精一と再婚。
- 1980年(昭和55年)10月24日 - 76歳で死去。
関連作品
脚注
- 日本の初の美術モデル宮崎菊が経営
- およう - 松竹株式会社
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