くらの方
生涯
尾張海西郡の有力豪族である大橋重長に嫁いだ女性が、『張州雑志』によれば「信長公ノ御姉ノクラノ御方成」であるという[2][1]。
『系図纂要』によれば、重長との間には大橋長将が生まれたとする。系図纂要には名がないが、『信長公記』の天正9年(1581年)2月の京都御馬揃えに連枝衆の一人として参加した織田信弌も、くらの方の子に違いないと考えられている[2]。
脚注
参考文献
- 西ヶ谷恭弘『考証 織田信長事典』東京堂出版、2000年。ISBN 4490105509。
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