しれとこ丸
しれとこ丸は、日本沿海フェリーが運航していたフェリー。
| しれとこ丸 | |
|---|---|
![]() 苫小牧港にて(1973年) | |
| 基本情報 | |
| 船種 | フェリー |
| 船籍 |
|
| 所有者 | 日本沿海フェリー |
| 運用者 | 日本沿海フェリー |
| 建造所 | 金指造船所清水工場(1008番船) |
| 姉妹船 | えりも丸 (初代) |
| 航行区域 | 沿海[1] |
| 船級 | JG第二種船[1] |
| IMO番号 | 7215161 |
| 改名 |
N.KAZANTZAKIS MING FAI PRINCESS METROPOLIS |
| 経歴 | |
| 起工 | 1971年 |
| 進水 | 1971年12月20日[2] |
| 竣工 | 1972年4月20日[1] |
| 就航 | 1972年4月27日[1] |
| 最後 | 2021年に解体 |
| 要目 | |
| 総トン数 | 7,875 トン |
| 全長 | 153.5 m[2] |
| 垂線間長 | 140.0 m[2] |
| 幅 | 22.8 m[2] |
| 深さ | 8.0 m[2] |
| 満載喫水 | 5.7 m[2] |
| 機関方式 | ディーゼル |
| 主機関 | 川崎MAN V9V40/54 2基[2] |
| 推進器 | 川崎エッシャーウイス 可変ピッチプロペラ 2軸[1] |
| 最大出力 | 20,000馬力[2][1] |
| 定格出力 | 17,000馬力[1] |
| 最大速力 | 22.5ノット[2] |
| 航海速力 | 21.5ノット[2] |
| 航続距離 | 2,800海里[1] |
| 旅客定員 | 704名[2] |
| 乗組員 | 61名[1] |
| 車両搭載数 | 8トントラック141台、乗用車100台[2] |
概要
日本沿海フェリーの第一船として金指造船所で建造され、1972年4月27日、東京 - 苫小牧航路に就航。塗装デザインは白を中心に胴体下部に水色と中央に赤色の「日本沿海フェリー」のロゴを入れ、ファンネルマークは橙一色とした[3]。建造計画当初は「しれとこ」の仮名が付けられていた[4]。
2代目えりも丸の就航により、1989年に引退した。
その後、海外売船され、ギリシャのミノアンラインズでN.KAZANTZAKISとして就航した。2001年にPacific Cruisesに売却されMING FAI PRINCESSとなり、さらに2007年に大都會郵輪集團(Metropolis Cruise)へ売却されMETROPOLIS(大都會)と改名して香港でカジノ船として就航している。その後2021年にインドへ回航されスクラップとなった[5]。
設計
船体は上層から船橋甲板、A・B・C・D・E・G甲板となっており、船橋甲板が操舵室と乗組員区画、A・B甲板が旅客区画、C甲板からG甲板が車両搭載区画となっていた。ランプは右舷の船首と船尾に設置されていたが、ランプが接続するE甲板はスキップフロアとなっていたため、その部分の上下にあたるC甲板とF甲板の一部は階高の低い乗用車区画となっていた。煙突は並列配置ながら中央にまとめて設置され、外観の特徴となっている。Aデッキの船首方にはラウンジが設けられ、外周を遊歩甲板が一周していた。
海外売船後はランプが撤去され、最上層に船室を増設するなど改造を受けている。
構造は貨客の両面を重視した形となっており、ダンスホールやドリンキングコーナーや特別食堂を配して旅客への配慮も意識されていた[6]。また各客室にはカラーVTRも設置された[7]。
車両甲板には日本のフェリーで初の車両用エレベーターを装備し、最大積載量20トンで下部G甲板への積み込み用に用いられた[7]。
1977年1月から3月には、1971年の車両制限令緩和による高さ3.8m級車両への対応を図るべく川崎重工業にて貨物車スペースのD甲板斜路付近の天井嵩上げ改装を行い高さ3.75mまでの車両に対応させ、56名分の客室は倉庫に転用された。この他船体の12.7m延長を行いシャーシ15台の積載量増加を図る計画もあったが、速力低下のデメリットや残存耐用年数と主機の状態を勘案し廃案となっている[8]。
船室
事故・インシデント
荒天下での行方不明
1975年2月21日、東京港から苫小牧港へ向かっていた本船が、低気圧の接近による大荒れの中、24時間にわたって行方不明となる事件が発生した。本船は金華山沖を航行中の21日20時ごろ「大時化のため進路を変えるので到着は5時間ほど遅れる」との連絡を最後に消息を絶ち、通報を受けた海上保安庁の巡視船艇が捜索した結果、翌22日20時ごろ、無事航行中であるとの連絡が入り、無事が確認された。苫小牧港へは32時間45分遅れで到着した[11]。
行方不明となった原因は、本船の通信設備が貧弱で交信範囲外へ出てしまったためである。当時の船舶安全法では航海区域を沿海区域(陸から20海里以内)とする船舶の場合、大型客船であっても無線電信(モールス通信)を近距離用の無線電話で代替可能とする例外規定が設けられており、本船では到達距離が30海里程度の沿岸VHF無線電話および国際VHF無線電話を装備していた[12]。本船の行方不明事件を受けて運輸省は長距離フェリーへの中波無線電信の装備および通信士の乗船など行政指導を行い、日本旅客船協会へ運航管理の強化を指示した[11]。
脚注
- 株式会社金指造船所設計部「東京~北海道(苫小牧)航路 大型カーフェリー「しれとこ丸」の概要」 - 船の科学1972年7月号
- 世界の艦船(1972年4月号,p96)
- Vol.14「さんふらわあ」と港町のヒストリー#1「苫小牧」落陽が似合う、常識破りの港 - カジュアルクルーズさんふらわあ
- 建造に着手される大型カー・フェリー"しれとこ"の完成予想図 - 世界の艦船1971年11月号
- molferry_のツイート(1415144020427300867)
- さんふらわあ今昔ものがたりVol.3 「さんふらわあ」北へ!♯1 - カジュアルクルーズさんふらわあ(商船三井)
- 東京-北海道(苫小牧)航路カーフェリー”しれとこ丸”就航 - 船の科学1972年4月号
- ブルーハイウェイライン25年史 - ブルーハイウェイライン(1995年)
- 東京⇔北海道[苫小牧] しれとこ丸キャビンプラン - 日本沿海フェリー
- 青いハイウェイ開通昭和47年4月就航 - 日本沿海フェリー(1972年 北海道立図書館蔵)
- 世界の艦船(1975年4月号,p146)
- 現行の船舶安全法関連法規では、長時間の航海を行なう大型貨客船の場合、沿海航路であってもVHFと共に中短波帯の無線装備が強制される(適用の「船舶設備規定」 第311条の22 三 備考二のハ)。現在のフェリーではモールス通信は使われていないが、無線電話や一種のデータ通信により(GMDSS)、陸から150海里程度までは連絡が取れる。日本沿海フェリーの後身である商船三井フェリーが同海域で運航している「さんふらわあ だいせつ」などでは、短波帯による遠距離通信も可能である(船舶局JM6684免許状情報)。なお現在の商用船には無線通信の専任者は存在せず、航海士などによる兼務が普通。
外部リンク
- 大都會郵輪集團(Metropolis cruise) - 現在の運航会社
- MarineTraffic.com - METROPOLIS - 自動船舶識別装置(AIS)による現在位置表示
