その手はないよ

その手はないよ」(そのてはないよ)、ないし、「ドント・ビー・ザット・ウェイ」(英語: Don’t Be That Way)は、ベニー・グッドマンエドガー・サンプソン (Edgar Sampson) が1938年に作曲したジャズの楽曲。特に、『ライヴ・アット・カーネギーホール1938 (The Famous 1938 Carnegie Hall Jazz Concert)』における演奏によって、スウィング時代の古典的作品となった。ベニー・グッドマン楽団のレパートリーの中でも最も成功した楽曲のひとつであり、最も頻繁に録音されるジャズのスタンダード曲のひとつとなっている。

楽曲の形式

楽曲は32小節の旋律から成っており、A-A-B-Aの形式をとっている[1]。演奏は、中間的な速度で行なわれる[2]

歴史的背景

ベニー・グッドマンは1934年に自身のビッグバンドを結成し、当初からディーン・キンケイド (Dean Kinkade) やスパッド・マーフィー (Spud Murphy) ら、多数の才能ある編曲者たちを雇った。1935年には、フレッチャー・ヘンダーソンやその弟ホレス・ヘンダーソンに加え、バンドリーダーチック・ウェッブ (Chick Webb) の下で働いていたエドガー・サンプソンの編曲も使用するようになった。1936年、サンプソンはグッドマンに、「サヴォイでストンプ (Stompin' at the Savoy)」と「If Dreams Come True」の2曲を提供した。グッドマンによる「サヴォイでストンプ」はヒットしてチャート入りを果たし、チック・ウェッブの録音もチャート入りした[1]。サンプソンは1934年に「サヴォイでストンプ」を書いて編曲もしており、既にウェッブ楽団が同年のうちにこの曲を録音していたのである。1938年1月16日、グッドマン楽団は、ニューヨークカーネギー・ホールにおける伝説的なコンサートにおいて、グッドマンがチック・ウェッブとエドガー・サンプソンに敬意を表し、この晩の演奏を「その手はないよ」で開演したのである。そのひと月後、グッドマンはRCAビクターのためにこの曲を吹き込み、同年末には全米首位のヒットとなった[1]

その数年後、「その手はないよ」の2つのバージョンのどちらが好みかと問われたサンプソンは、こう答えた。「音楽的にはチックのバージョンの方が僕の好みだ。財政的には、もちろん。ベニーの方さ[1]」。

その他の録音

ボーカリストのミルドレッド・ベイリー (Mildred Bailey) は、ミッチェル・パリッシュの歌詞によって、この曲のボーカル版を吹き込んだ。このバージョンの歌詞は、次のような詠嘆で始まる。

「Don't cry, oh honey please don't be that way of(泣かないで、ねえ、どうかそんなにしていないで)」

その後は、「Tears like a rainy day(雨の日のような涙)」が、万事を好転させるだろう、なぜなら、「tomorrow is another day(明日は、また別の日)」なのだから、といった歌詞が続く[1]

この曲は、程なくして人気の高いジャズのスタンダード曲となり、1944年にはロイ・エルドリッジがグッドマンとハリー・ジェイムスを迎えてこの曲を吹き込んだ(後にアルバム『Little Jazz Giant』に収録)。1938年には、ライオネル・ハンプトンがこの曲をカバーし、その録音ではサンプソンがバリトン・サクソフォーンを演奏した。その他、ジョニー・ホッジスクーティ・ウィリアムス、さらに1944年にテディ・ウィルソンエメット・ベリー (Emmett Berry) やエドモンド・ホールと行なった録音、1950年代オスカー・ピーターソンによるもの、ルイ・アームストロングエラ・フィッツジェラルド(アルバム『Ella & Louis Again』収録)、アニタ・オデイ (Anita O'Day) とラリー・バンカー (Larry Bunker) などの録音がある[1]

また、近年では、ジーン・ハリスジョン・ピザレリ (John Pizzarelli)、シルヴィア・ドロステ (Silvia Droste)、ペーター・ハーボルツハイマー (Peter Herbolzheimer)、トゥーツ・シールマンステリー・ギブス・ドリーム・バンド (Terry Gibbs Dream Band) などの録音がある[3]

脚注

  1. Don't Be That Way bei Jazzstandards.com
  2. Vgl. Carlo Bohländer, Jazzführer, Stuttgart, Reclam, 1990, S. 447.
  3. Bielefelder Katalog Jazz 1988 und 2001.
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