はだか武兵
概要
中山道鵜沼宿の出身であるという [1][2]。中津川宿の茶屋坂というところに住んでいたが[2]、年中、ふんどし一枚の裸で過ごしていたとされる[2][3]。
ある夜、木曽街道の須原宿の神社で疫病神と同宿して、兄弟分の縁を結び、武兵が来れば疫病神が逃げていくという約束をしたという[1][2][3]。以来、疫病の者のところへ武兵が来ると病が治り、これが評判になったとされる[1][2][3]。
ある時[4]、中山道の大湫宿で、江戸に向かう長州候の姫が医者も見放すような重い熱病を発したため、武兵を呼んだところ嘘のように全快し、一層評判を高めたという[1][2][3]。
脚注
- 10.はだか武兵の碑 - 中津川商工会議所
- 中津の話 はだか武兵 - 恵那山ねっと
- JAひがしみの[ひがしみの昔話/はだか武兵〈中津川市上金〉] Archived 2016年3月4日, at the Wayback Machine.
- 天保3、4年頃の話であるとされる(JAひがしみの[ひがしみの昔話/はだか武兵〈中津川市上金〉] Archived 2016年3月4日, at the Wayback Machine.)。
- 06_観光情報 | 中津事務所 | 中津川市公式ウェブサイト
外部リンク
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