アドルフ・ダイムラー
アドルフ・ダイムラー(Adolf Daimler、1871年9月8日 - 1913年3月24日)は、ドイツの自動車技術者である。
アドルフ・ダイムラー Adolf Daimler | |
|---|---|
![]() アドルフ・ダイムラー(1907年) | |
| 生誕 |
1871年9月8日 |
| 死没 |
1913年3月24日(41歳没) |
| 国籍 |
|
| 著名な実績 | メルセデス商標「スリーポインテッド・スター」の考案 |
| 親 | ゴットリープ・ダイムラー(父) |
| 家族 | パウル・ダイムラー(兄) |
経歴
1871年9月8日、バーデン大公国の首都であるカールスルーエで、技術者であるゴットリープ・ダイムラーの次男として生まれた。
初期の経歴
アドルフが生まれた当時、父ゴットリープはガスモトーレン・ファブリーク・ドイツ社の技術部長を務めており、アドルフは幼少期を同社が所在するケルンで過ごした。1882年に父ゴットリープはシュトゥットガルト近傍のカンシュタットに移り、10代のアドルフはシュトゥットガルトで教育を受けた。
1891年、教育課程を終えた後、エスリンゲン機械工場で見習いとして短期間働いたが、父の勧めもあって、1895年から1898年にかけてシュトゥットガルト工科大学に通い、機械工学を学んだ。
ダイムラー
1890年に父の会社であるダイムラー社に入った。アドルフの出世は速く、1900年には主任技師、署名権者の一人になり、1904年に取締役会の準メンバー、1907年には事業部長に昇進し、正式にダイムラー社の取締役となった[1]。
スリーポインテッド・スターの考案
「スリーポインテッド・スター」も参照
ダイムラー兄弟が考案したメルセデスの商標(1909年)。通称「スリーポインテッド・スター」。
「スリーポインテッド・スター」を配されたメルセデス・28/50PS(1909年)
1900年代半ばの時点でダイムラー社には商標(トレードマーク)がなかったため、兄でやはりダイムラーの重役(技術部長)であるパウルとともに商標を考案した[W 1]。
1909年にダイムラーの取締役会はスリーポインテッド・スターを同社の商標として承認し、同年に商標登録が行われた[W 1][W 2]。この際、フォーポインテッド・スターも考案して商標登録し、これはダイムラーの航空部門であるドイツ・エアロスペース社(DASA)の商標として用いられることになる[W 1]。
栄典
- フリードリヒ勲章・騎士1等級
- 赤鷲勲章・4等級
脚注
出典
- 出版物
- ナチズムとドイツ自動車工業(西牟田1999)、「第1部 1920年代ワイマル体制期 第2章 合同運動の展開──ダイムラー=ベンツ社の成立過程──」 pp.24–54
- ウェブサイト
- “The Mercedes star is born” (英語). Mercedes-Benz Group Media. 2022年1月30日閲覧。
- “The history behind the Mercedes-Benz brand and the three-pointed star” (英語). Mercedes-Benz Group Media (2007年6月5日). 2022年1月30日閲覧。
参考資料
- 書籍
- 西牟田祐二『ナチズムとドイツ自動車工業』有斐閣〈京都大学経済学叢書〉、1999年10月30日。ASIN 4641160740。ISBN 4-641-16074-0。 NCID BA44163403。
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