アドルフ・フォン・メンツェル
アドルフ・フリードリヒ・エルトマン・フォン・メンツェル(Adolph Friedrich Erdmann von Menzel, 1815年12月8日 - 1905年2月9日)は、ドイツの画家、挿絵画家、版画家。
| アドルフ・フォン・メンツェル Adolph von Menzel | |
|---|---|
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| 誕生日 | 1815年12月8日 |
| 出生地 |
ブレスラウ (現在の |
| 死没年 | 1905年2月9日(89歳) |
| 死没地 |
ベルリン |
略歴
プロイセン王国ブレスラウ(現在のポーランド、ヴロツワフ)で1815年に生まれる[1]。父親は石版画家。1830年に一家はベルリンに移る。1833年、プロイセン芸術アカデミーに通うが、すぐに失望し、独学した。1839年から1842年の間に掛けてフリードリヒ大王についての生涯を描いた400点にのぼる壮大な挿絵版画を歴史家フランツ・クーグラーの著書『フリードリヒ大王伝』のために創出した。この創作物は彼にとって決定的な転機となり、以降、プロイセン宮廷を中心に仕事の依頼が増える。『舞踏会の晩餐』、『サンスーシ宮殿でのフリードリヒ大王のフルートコンサート』、『ケーニヒスベルクでのヴィルヘルム1世の戴冠式』等の作品でさらなる名声を得た。歴史画や挿絵の他にも労働者の姿を描いた『鉄圧延機工場』、日常的風景を描いた『パリの平日』や『ビアガーデン』等でも知られている。
フランスの芸術アカデミーやイギリスのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの会員。画家として初めて黒鷲勲章を贈られ、貴族に叙せられた。またプール・ル・メリット科学芸術勲章を受賞した。ベルリン大学名誉博士号を授与され、ブレスラウ名誉市民およびベルリン名誉市民に選ばれた[2]。1905年にベルリンで死去した。
作品
『サンスーシ宮殿でのフリードリヒ大王のフルートコンサート』、1850年-1852年
『パリの平日』、1869年
『舞踏会の晩餐』、1878年
『ベルリン-ポツダム鉄道』、1847年
『ケーニヒスベルクでのヴィルヘルム1世の戴冠式』、1861年
『バルコニーの部屋』、1845年
『鉄圧延機工場』、1872年-1875年
『ビアガーデン』、1883年
外部リンク
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