アマーリア・ヴィルヘルミーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク
アマーリア・ヴィルヘルミーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク(Amalia Wilhelmine von Braunschweig-Calenberg, 1673年4月21日 - 1742年4月10日)は、ドイツのブラウンシュヴァイク=リューネブルク家の公女で、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ1世の皇后。
| アマーリア・ヴィルヘルミーネ Amalia Wilhelmine | |
|---|---|
| 神聖ローマ皇后 | |
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| 在位 | 1705年5月5日 - 1711年4月17日 |
| 別称号 |
ハンガリー王妃(1699年2月24日 - 1711年4月17日) ボヘミア王妃等 |
| 出生 |
1673年4月21日 |
| 死去 |
1742年4月10日(68歳没) |
| 埋葬 |
|
| 結婚 | 1699年2月23日 |
| 配偶者 | 神聖ローマ皇帝ヨーゼフ1世 |
| 子女 |
マリア・ヨーゼファ レオポルト・ヨーゼフ マリア・アマーリエ・ヨーゼファ・アンナ |
| 家名 | ブラウンシュヴァイク=リューネブルク家 |
| 父親 | ブラウンシュヴァイク=カレンベルク公ヨハン・フリードリヒ |
| 母親 | ベネディクタ・ヘンリエッテ・フォン・デア・プファルツ |
生涯
ブラウンシュヴァイク=カレンベルク公ヨハン・フリードリヒと妃ベネディクタ・ヘンリエッテの娘。ヨハン・フリードリヒの弟はハノーファー選帝侯エルンスト・アウグストであり、その息子でイギリス王となったジョージ1世はアマーリア・ヴィルヘルミーネの従兄に当たる。また、エルンスト・アウグストの妃でジョージ1世の母であるゾフィーが、母ベネディクタ・ヘンリエッタの叔母にあたるという関係にもある。義弟に当たるカール6世と結婚したエリーザベト・クリスティーネとも同族である。
1699年に、レオポルト1世の事実上の長男であるローマ王(次期皇帝)・ハンガリー王ヨーゼフと結婚した。1705年にヨーゼフが帝位を継承すると皇后となった。
ヨーゼフ1世との間には3子が生まれた。
- マリア・ヨーゼファ(1699年 - 1755年) - ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト2世(ポーランド王アウグスト3世)妃
- レオポルト・ヨーゼフ(1700年 - 1701年)
- マリア・アマーリエ・ヨーゼファ・アンナ(1701年 - 1756年) - バイエルン選帝侯カール・アルブレヒト(神聖ローマ皇帝カール7世)妃
唯一の男子レオポルト・ヨーゼフが早世したため、1711年にヨーゼフ1世が死去するとその弟カール6世が帝位を継承した。カール6世の死後にはマリア・テレジアに対して、その従姉であるアマーリア・ヴィルヘルミーネの娘たちの夫が相続権や帝位を要求し、オーストリア継承戦争が勃発した。
アマーリア・ヴィルヘルミーネはオーストリア継承戦争のさなかの1742年にウィーンで死去した。この年にはカール7世の皇帝即位によって、次女マリア・アマーリエが皇后となっている。
関連項目
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