アルナック=ポンパドゥール

アルナック=ポンパドゥール (Arnac-Pompadour、オック語:Arnac Pompador)は、フランス、ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏、コレーズ県のコミューン。

Arnac-Pompadour

行政
国 フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏
県 (département) コレーズ県
郡 (arrondissement) ブリーヴ=ラ=ガイヤルド郡
小郡 (canton) リュベルサック小郡
INSEEコード 19011
郵便番号 19230
市長(任期) アラン・ティスイユ
(2008年 - 2014年)
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes du Pays de Pompadour
人口動態
人口 1 227人
(2010年)
人口密度 81人/km2
住民の呼称 Pompadour
地理
座標 北緯45度23分50秒 東経1度22分55秒
標高 平均:m
最低:279m
最高:475m
面積 15.09km2 (1 509ha)
Arnac-Pompadourの位置(フランス内)
Arnac-Pompadour
Arnac-Pompadour
公式サイト www.pompadour.net

リムーザン地域圏内や、道路標識においては単にポンパドゥールと表記されているが、かつてのポンパドゥール集落はアルナック=ポンパドゥールとサン・ソルナン・ルヴォルプとの間で分割されて現在に至る。

ポンパドゥールの名は、ルイ15世の愛妾だったエティオール夫人ジャンヌ・アントワネット・ポワッソン、すなわちポンパドゥール夫人によって世界的に有名である。王は彼女にポンパドゥール城と、ポンパドゥール侯爵夫人(marquise de Pompadour)の称号を与えた。現在コミューンの名は、ウマや競馬の世界と結びついている。

歴史

アルナックにはガロ=ローマ時代から人が定住していた。

1026年、ポンパドゥール子爵兼ラストゥール領主によって城が建てられた。ポンパドゥール子爵家の家格は、強力なコンボルン子爵領の相続があった15世紀に高まった。ポンパドゥール子爵はのちに侯爵に昇格した。18世紀初頭に家系が断絶すると、城や領地、称号の相続をめぐってコンティ公ルイ・フランソワとラ・ヴァリエール侯爵との間に法廷闘争が勃発した。最終的にはどちらもポンパドゥール侯爵の財産を得られず、ルイ15世が城を横取りして王領に併合した。1745年、王はお気に入りのエティオール夫人にポンパドゥール侯爵夫人の称号を与えた。

ポンパドゥール夫人の死より数年遡る1760年、彼女は王家の所有であったポンパドゥール城を分離させた。1751年にポンパドゥール夫人が私的に設置した種馬飼育場を基礎として、1761年にルイ15世は王立種馬飼育場を創設し、これはフランス革命まで繁栄した。アンシャン・レジームの崩壊で種馬飼育場は閉鎖され、1795年に総裁政府によって復活させられた。1872年から国立種馬飼育場となっている。

革命時代、コミューンの名は一時的にアルナック・ラ・プレリー(Arnac-la-Prairie)と改名させられていた[1]。

人口統計

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2010年
1446 1359 1441 1467 1444 1334 1284 1227

参照元:1999年までEHESS[2]、2000年以降INSEE[3][4]

史跡・レジャー

ポンパドゥール競馬場
  • ポンパドゥール城 - 1926年、フランス歴史文化財に指定された[5]。
  • ポンパドゥール競馬場
  • ポンパドゥール種馬飼育場
  • クラブ・メッド

脚注

  1. Des villages de Cassini aux communes d'aujourd'hui archive sur le site de l'École des hautes études en sciences sociales
  2. http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=558
  3. http://www.statistiques-locales.insee.fr
  4. http://www.insee.fr
  5. Christian Remy - Le château de Pompadour - pp. 271-287, dans Congrès archéologique de France. 163e session. Corrèze. 2005 - Société Française d'Archéologie - Paris - 2007
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