アレグザンダー・ヒューム (第3代ヒューム卿)
経歴
第2代ヒューム卿アレクサンダー・ヒュームの息子[1]。
1513年に幼いジェイムズ5世がスコットランド王に即位し、その母マーガレット・テューダーが摂政に就任すると、初代アラン伯爵ジェイムズ・ハミルトンとともにその補佐役となった。
彼は親イングランド派で、対するアラン伯は親仏派だった。1515年にマーガレットが摂政位を追われて、代わって親仏派のオールバニ公ジョン・ステュワートが摂政に就任すると彼の立場は危うくなり、ついにはイングランドと通じたとされて大逆罪で処刑された[2]。
ヒューム卿の爵位も接収されたが、1522年には彼の弟であるジョージ・ヒュームが第4代ヒューム卿を継承することを認められた[3]。
出典
- Lundy, Darryl. “Alexander Home, 3rd Lord Home” (英語). thepeerage.com. 2015年8月4日閲覧。
- 森護 1994, p. 326.
- Lundy, Darryl. “George Home, 4th Lord Home” (英語). thepeerage.com. 2015年8月4日閲覧。
参考文献
| スコットランドの爵位 | ||
|---|---|---|
| 先代 アレクサンダー・ヒューム |
第3代ヒューム卿 1506年-1516年 |
次代 ジョージ・ヒューム |
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