アレクサンドル・スヴェチン
アレクサンドル・アンドレーヴィッチ・スヴェチン(ロシア語: Александр Андреевич Свечин、1878年8月17日 - 1938年7月29日)は、ロシア帝国、ソビエト連邦の軍人。ロシア帝国軍時代は少将。
経歴
オデッサ出身。父は将軍。
軍歴
赤軍
1918年3月から赤軍に入隊し、スモレンスク地区軍事指導官となった、1918年8月~11月、全ロシア参謀総長。1918年11月から労農赤軍参謀本部アカデミー(後のフルンゼ軍事大学)の教授。1918年~1921年の間、第一次世界大戦の経験研究に関する戦史委員会議長を兼任する。
1927年に上梓した『戦略』(Стратегия)において作戦術という概念を提唱しており、これは後の縦深戦略理論の礎となった[1][2]。
1938年の大粛清最中、ソビエト連邦最高裁判所で有罪判決を受ける。 7月29日、モスクワ州コムナルカで射殺され、埋葬された。[3]
1956年9月8日に名誉回復。彼の名前はアレクサンドル・ソルジェニーツィンの連作小説『赤い車輪』にも登場する。
出典
- Angstrom & Widen 2021, pp. 87–94.
- 葛原 2021, pp. 60–71.
- “СВЕЧИН АЛЕКСАНДР АНДРЕЕВИЧ”. 2021年8月30日閲覧。
参考文献
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.