フェルティンス・アレーナ

フェルティンス・アレーナ (Veltins-Arena) は、ドイツノルトライン=ヴェストファーレン州ゲルゼンキルヒェンにある多目的スタジアムサッカー・ブンデスリーガに所属するシャルケ04がホームスタジアムとしている。

フェルティンス・アレーナ
Veltins-Arena


UEFA 4stars

フェルティンス・アレーナの位置(ノルトライン=ヴェストファーレン州内)
フェルティンス・アレーナ
フェルティンス・アレーナの位置(ドイツ内)
フェルティンス・アレーナ
施設情報
所在地 ドイツの旗 ドイツ ノルトライン=ヴェストファーレン州ゲルゼンキルヒェン
位置 北緯51度33分16.21秒 東経7度4分3.32秒
起工 1998年11月21日
開場 2001年8月13日
所有者 FC Schalke 04-Stadion Beteiligungsgesellschaft mbH & Co. Immobilienverwaltungs-KG
運用者 FC Schalke 04 Arena Management GmbH
グラウンド 天然芝
ピッチサイズ 105 m × 68 m
建設費 1億9100万ユーロ
設計者 Günter Kus[1]
ウェブサイト veltins-arena.de
旧称
アレーナ・アウフシャルケ
Arena AufSchalke
使用チーム、大会
FCシャルケ04(2001年 - )
サッカードイツ代表(2001年 - )
UEFAチャンピオンズリーグ 2003-04 決勝
2006 FIFAワールドカップ
UEFA EURO 2024
収容人員
62,271人(国内リーグ戦)
54,740人(国際試合)
79,612人(コンサート)

欧州サッカー連盟 (UEFA) のスタジアムランクで最上級の「カテゴリー4」に分類されている。2004年にはUEFAチャンピオンズリーグ決勝が開催された。2024年にはUEFA EURO 2024の会場のひとつとなる予定。

旧称および命名権を用いない呼称はアレーナ・アウフシャルケ (Arena AufSchalke)。2006年サッカーワールドカップではFIFA WMシュタディオン・ゲルゼンキルヒェン (FIFA WM-Stadion Gelsenkirchen) の名称で呼ばれた。

歴史

シャルケが1973年より本拠にしていたゲルゼンキルヒェン市内のパルクシュタディオンは、地下にある旧炭鉱の坑道陥没によるダメージを受けて老朽化が進んでいた。このため新たなスタジアムを建設することになり、1996年、パルクシュタディオン南側に新スタジアムを建設する計画が公表された。1998年11月21日に着工され、約3年後の2001年8月13日、ドイツ初のドーム型スタジアムとして開場した。落成式には1.FCニュルンベルクボルシア・ドルトムントが招待され、シャルケとの親善試合が開催された[2]

2005年7月1日、シャルケのメインスポンサーを1997年から務めている[3]地元のビール会社、フェルティンス (C.& A. Veltins GmbH & Co. KG) がスタジアムの命名権を取得し、現在の名称になった。命名権の契約期間は当初2017年までの12年間であったが、その後さらに10年延長され、2027年までとなった[3]

2010年1月13日、グラスファイバー製の屋根の一部が破損している状態で発見された。その後の調査により、屋根に堆積したの荷重や部材の隙間に入り込んだ水が凍結融解を繰り返したことによる疲労が原因であると推定された[4]。同年12月にも同様の事故が発生したため、2013年11月に総工費1800万ユーロを投じて屋根の一部の部材をポリエステル製に変更するなどの処置が施された[5]

2020年1月16日、シャルケは建設資金のうち、融資で賄っていた約1億2300万ユーロを2019年7月付で完済したことを公表した[6]

施設概要

スタジアム地下にはフェルティンスが所有する約52,000リットル貯蔵可能なビールタンクがあり、ここから総延長5,000メートルにわたるビール用パイプラインがスタジアム内の各売店やラウンジ、レストランにつながっているため、観客はスタジアム内のどこでも新鮮なビールを堪能できる[7]。芝生部分は札幌ドーム同様の可動式で普段は屋外で養生されており、サッカーの試合がある時にスタンドの下の空間を通して移動させる。屋根は開閉式で、約30分で開閉可能である。屋根下の天井部分には、かつてフィリップス製の4面式ビジョン(1面34.7平方メートル)が吊り下げられていたが、2016年にハイセンス製のLEDビジョン(1面76.32平方メートル)に交換された。

スタジアム内の売店は、クレジットカードデビットカードApple PayGoogle Payに加えて「クナッペンカルテ」(Knappenkarte, 「炭鉱夫カード」の意)と呼ばれる繰り返し入金可能なプリペイドカードによる決済方法をとっている[8]。このカードは100種類以上のデザインが発行されており、コレクションの対象にもなっている[9]

開催された主な大会・イベント

サッカー

日付ホームチーム結果アウェーチームラウンド
2006年6月9日ポーランドの旗 ポーランド0-2エクアドルの旗 エクアドルグループA
2006年6月12日アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国0-3チェコの旗 チェコグループE
2006年6月16日アルゼンチンの旗 アルゼンチン6-0セルビア・モンテネグロの旗 セルビア・モンテネグログループC
2006年6月21日ポルトガルの旗 ポルトガル2-1メキシコの旗 メキシコグループD
2006年7月1日イングランドの旗 イングランド0-0
(1-3 p.)
ポルトガルの旗 ポルトガル準々決勝
  • 国際試合
日付ホームチーム結果アウェーチーム備考
2001年10月6日ドイツの旗 ドイツ0-0フィンランドの旗 フィンランド2002 FIFAワールドカップ・予選、スタジアム初の国際Aマッチ
2004年5月26日モナコの旗 ASモナコ0-3ポルトガルの旗 FCポルトUEFAチャンピオンズリーグ 2003-04 決勝

その他

バイアスロンワールドチームチャレンジが開催されている[10]ほか、2007年と2008年にはスピードウェイ・グランプリが開催。

2004年9月12日にはハンドボール・ブンデスリーガで30,925人を動員[11]2010年アイスホッケー世界選手権開幕戦では当時としては史上最多の77,803名の観衆を動員した[12]

ボクシングでは2009年6月20日に世界ヘビー級王者ウラジミール・クリチコルスラン・チャガエフのタイトルマッチが、2010年5月29日にはビタリ・クリチコWBC世界ヘビー級選手権試合(対戦相手:アルバート・ソスノウスキー)が行われた[13]

また、ポール・マッカートニーボン・ジョヴィをはじめとした数々のミュージシャンのライブや、ドイツ国内の人気シュラーガー(歌謡曲)歌手が集結する「シュラーガーナハト」といった音楽イベントも多数開催されている。

ギャラリー

脚注

  1. “"Auf Schalke" ist erst der Anfang”. Welt am Sonntag. (2001年8月12日). https://www.welt.de/print-wams/article613982/Auf-Schalke-ist-erst-der-Anfang.html 2023年4月23日閲覧。
  2. Neue Arena eröffnet (ドイツ語). n-tv.de. 2023年4月20日閲覧。
  3. Namensrechtsvertrag mit VELTINS vorzeitig verlängert (ドイツ語). シャルケ04 (2017年6月25日). 2023年4月23日閲覧。
  4. Dach der VELTINS-Arena beschädigt: Spiel gegen 1. FC Nürnberg findet statt”. シャルケ04 (2010年1月13日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月20日閲覧。
  5. Die Zahlen sprechen für den FC Schalke 04.”. derwesten.de. 2023年4月20日閲覧。
  6. シャルケ、フェルティンス・アレーナ建設事業の融資を完済”. THE STADIUM HUB (2020年1月16日). 2023年4月20日閲覧。
  7. Zahlen & Fakten”. フェルティンス・アレーナ. 2023年4月23日閲覧。
  8. Bezahlen in der VELTINS-Arena”. フェルティンス・アレーナ. 2023年4月23日閲覧。
  9. Payment card”. フェルティンス・アレーナ. 2023年4月23日閲覧。
  10. http://www.biathlon-aufschalke.de/
  11. Wahnsinnsauftakt: THW besiegt im "Jahrhundertspiel" Lemgo
  12. Deutschland gewinnt Rekordspiel gegen die USA
  13. Klitschko bleibt Weltmeister

外部リンク

先代
オールド・トラッフォード
マンチェスター
UEFAチャンピオンズリーグ
決勝戦会場

2004
次代
アタテュルク・オリンピヤト・スタドゥ
イスタンブール
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