アントン・ギュンター・フォン・オルデンブルク

アントン・ギュンター・ヘルツォーク・フォン・オルデンブルク(ドイツ語: Anton Günther Herzog von Oldenburg, 1923年1月16日 - 2014年9月20日)は、ドイツの旧諸侯オルデンブルク大公家の家長。最後のオルデンブルク大公フリードリヒ・アウグスト(2世)の孫。

アントン・ギュンター
Anton Günther
オルデンブルク大公家家長
在位 1970年 - 2014年

全名
出生 (1923-01-16) 1923年1月16日
ドイツの旗 ドイツ国
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州
レンスアーン
死去 (2014-09-20) 2014年9月20日(91歳没)
ドイツの旗 ドイツ
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州
ハルムスドルフ
埋葬 ドイツの旗 ドイツ
ニーダーザクセン州
オルデンブルク
ゲルトルート墓地
配偶者 アメリー・ツー・レーヴェンシュタイン=ヴェルトハイム=フロイデンベルク
子女 ヘレーネ
クリスティアン
父親 ニコラウス・フォン・オルデンブルク
母親 ヘレーネ・ツー・ヴァルデック=ピルモント
宗教 キリスト教ルーテル教会

生涯

最後のオルデンブルク大公世子ニコラウスと、ヴァルデック=ピルモント侯女ヘレーネ(フリードリヒの娘)の間の長男(第1子)としてレンスアーンで生まれた。1951年にレーヴェンシュタイン=ヴェルトハイム=フロイデンベルク侯家のアメリーと結婚した。

1970年の父の死に伴って家督を継いだ。1992年、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州首相ビョルン・エングホルムとともに、オイティーン城を保護・経営する「オイティーン城財団」を創設した。1991年、ドイツ赤十字社(DRK)のニーダーザクセン州オルデンブルク郡支部の顧問を務め、2007年にドイツ赤十字社から表彰されている。

オストホルシュタイン郡ハルムスドルフに所有していたギュルデンシュタイン荘園で地主としての生涯を送り、2014年、ハルムスドルフにおいて91歳で死去[1]。遺骸はオルデンブルク市内ゲルトルート墓地にある大公家霊廟に葬られた[2]。

子女

妻アメリーとの間に1男1女を儲けた。

  • ヘレーネ・エリーザベト・バティルディス・マルガレーテ(1953年 - )
  • クリスティアン・ニコラウス・ウード・ペーター(1955年 - ) - オルデンブルク大公家家長

引用

  1. Oldenburg trauert um Herzog . In: Nordwest-Zeitung vom 23. September 2014 (abgerufen am 23. September 2014).
  2. Große Anteilnahme am Tod von Anton Günther Herzog von Oldenburg

外部リンク

先代
ニコラウス
オルデンブルク大公家家長
1970年 - 2014年
次代
クリスティアン
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