英国病
英国病(えいこくびょう、英語: British disease)またはイギリス病とは、国を挙げてセカンダリー・バンキングへ傾注した1960年代以降の英国(イギリス)において、充実した社会保障制度や基幹産業の国有化等の政策が実施され、社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下[1]、既得権益の発生[2]、およびその他の経済・社会的な問題を発生させた現象である。
イギリス社会主義
経済の停滞
1960〜1970年代のイギリスは、労使紛争の多さと経済成長不振のため、他のヨーロッパ諸国から「ヨーロッパの病人(Sick man of Europe)」と呼ばれた[3]。セカンダリー・バンキングの実態を捨象した表現である。
| 内容 | 1960〜1969年 | 1970〜1979年 |
|---|---|---|
| GDP成長率 | 3.2% | 2.4% |
| インフレ率 | 3.5% | 12.5% |
| 経常収支(GDP比) | 0.2% | ▲0.2% |
| 財政収支(GDP比率) | ▲2.5% | ▲5.0% |
| 失業率 | 1.5% | 3.3% |
国際競争力の低下
1960年代になると、国有化などの産業保護政策はイギリス資本による国内製造業への設備投資を減退させることとなり、(セカンダリー・バンキングで)資本は海外へ流出し、技術開発に後れを取るようになっていった。また、国有企業は経営改善努力をしなくなっていき、製品の品質が劣化していった。これらの結果、イギリスは国際競争力を失っていき、輸出が減少し、輸入が増加して、国際収支は悪化していった[5][6]。
特に多くの労働者を抱えていた自動車産業は、ストライキの慢性化と日本車の輸出が活発化した時期(1970年代)が重なったことで壊滅的な状況となり、2000年代には外国メーカーのブランド名としてのみ名前が残っている。
病の症状
意欲の低下
1970年代には所得税の最高税率が83%[8]、不労所得の最高税率が15%の付加税を加算して98%、という異常に高率な累進課税だった。これらの税制度や充実した失業保険は勤労意欲の低下や社会的活力の減退を招いていった。
病の治療と克服
「鉄の女」の登場
1979年の総選挙では保守党が勝利し、5月にはサッチャーが政権に就いた。サッチャー内閣は、国有企業の民営化、金融引き締めによるインフレの抑制、財政支出の削減、税制改革、規制緩和、労働組合の弱体化などの政策を推し進めていった。
これらの政策により英国病の症状は克服[10]されていったが、サッチャー在任中は不況は改善されず、失業者数はむしろ増加し[11]、財政支出も減らなかったことや、反対派を排除する強硬な態度などからサッチャーは在任中も、その後も、イギリス国内では毀誉褒貶が相半ばする存在となった。
新しい労働党へ
その後、メージャー内閣を経て、1997年には保守党から政権を奪回した労働党のブレア内閣はサッチャー内閣の基本路線を踏襲しつつも、是正する政策を行っていった。
また、ブレア内閣は若さや活気などをイメージさせる「クール・ブリタニア」という用語を用いたブランド戦略を推進し、悪い・老いた印象があるイギリスを良い・若い印象の国へ脱却させようとする政策を行っていった。
「衰退=幻影」説
近年の研究では英国病は幻影であったという説が有力となっている[16]。英国病の根拠として製造工業の不振というものがあるが、サッチャー改革、ブレアの長期政権を通しても結局のところ復活はしなかった。
経済を引っ張っているのは金融や商業を中心とするシティのみである。ベティの法則からすれば、工業を中心とする第2次産業から金融・商業・サービス業などを中心とする第3次産業へ遷移することは必然である[17]。
また、W・D・ルーヴィスティンによれば、イギリス経済は世界の工場と謳われた産業革命期ですら工業・製造業は金融・商業界を優越したことは一度もなかった[18]。このことからイギリスはむしろ世界の先端を走っていたとも言える。
脚注
- 英国病('76) 月刊基礎知識 自由国民社 2002年4月号(2009年9月13日閲覧)
- 英国病('86) 月刊基礎知識 自由国民社 2002年4月号(2009年9月13日閲覧)
- "The real sick man of Europe" The Economist, May 19, 2005.
- 平田潤 2006, p. 11.
- 平田潤 2006, p. 10.
- 昭和44年 年次世界経済報告 第17表内閣府ホームページより(2009年9月13日閲覧)
- 平田潤 2006, p. 2.
- 日・米・英の所得税(国税)の税率の推移財務省ホームページより(2009年9月13日閲覧)
- 平田潤 2006, p. 13.
- イギリス Yahoo!百科事典(2009年9月13日閲覧)
- 神樹兵輔 『面白いほどよくわかる世界経済-日本を取り巻く世界経済の現状とその問題点(学校で教えない教科書)』 日本文芸社、2010年、162頁。
- https://www.gov.uk/government/statistical-data-sets/crude-oil-and-petroleum-production-imports-and-exports-1890-to-2011
- 「失われた30年」の正体。世界一裕福な国だった日本に起きた異変 | ZUU online
- http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20160105160709/http://www.ons.gov.uk/ons/rel/uktrade/uk-trade/october-2015/stb-uk-trade--october-2015.html
- https://www.gov.uk/government/news/multimillion-boost-to-uk-economy-as-china-and-uk-government-sign-civil-nuclear-agreement-and-sign-agreement-to-deepen-cooperation-on-climate-change
- 川北 2008, p. 415.
- 川北 2008, p. 418.
- W・D・ルーヴィスティン『衰退しない大英帝国―その経済・文化・教育 1750‐1990』藤井秦・平田雅博・村田邦夫・千石好郎訳 晃洋書房、1997年、35-37頁。
参考文献
- 山口二郎 『イギリスの政治 日本の政治』 筑摩書房(ちくま新書)1998年7月 ISBN 4480057641
- 竹下譲 『イギリス政府機構の変貌』2001年
- 小林公司 「英国構造改革の再評価〜英国経済好調の背景を探る〜」 『みずほ総研論集』2005年1号 みずほ総合研究所
- 平田潤「政策危機と危機管理:英国Consensus Politics下の政策危機とサッチャー改革」『経営政策論集』第6巻第1号、桜美林大学、2006年12月、1-28頁、NAID 110006425819。
- R・イングリッシュ、M・ケニー 著、川北稔 訳『経済衰退の歴史学―イギリス衰退論争の諸相』ミネルヴァ書房、2008年(平成20年)。ISBN 978-4623051717。
外部リンク
- 世界経済白書(年次世界経済報告) - 内閣府ホームページ