イゴール・レヴィット

イゴール・レヴィット(ドイツ語: Igor Levit、ロシア語: Игоря Левита、1987年3月10日 - )は、ロシア出身のピアニスト、人権活動家。ユダヤ系ロシア人。

イゴール・レヴィット
Igor Levit
イゴール・レヴィット(2019年5月)
基本情報
出生名 Игоря Левита
生誕 (1987-03-10) 1987年3月10日(37歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦、ゴーリキー(ニジニ・ノヴゴロド)
学歴 ザルツブルク・モーツァルテウム大学
ハノーファー音楽大学
ジャンル クラシック
職業 ピアニスト
音楽教師
人権活動家
担当楽器 ピアノ
レーベル ソニー・クラシカル(2012年 - )
公式サイト https://www.igor-levit.com/
ハイデルベルク春の音楽祭でクリスティーナ・ブラベッツらと共演するイゴール・レヴィット(2017年8月)

略歴

人物

音楽家として

1987年3月10日、ソビエト連邦のニジニ・ノヴゴロドに生まれる[1]。オペラ歌手でありゲンリフ・ネイガウスの孫娘である母のイェレナ・レヴィットに習い、3歳の頃からピアノを始める[10][11]。4歳のときにベートーヴェンのエコセーズでデビューし、6歳でニジニ・ノヴゴロド・フィルハーモニック・オーケストラとヘンデルのヘ長調ピアノ協奏曲を共演しコンサートデビューした[12][13]。

8歳の1995年12月、22万人以上いるユダヤ人難民の一員として人道的な理由で入国を認められ、家族とドイツのハノーファーに移住する[4][14]。

12歳のときから1年間、ザルツブルク・モーツァルテウム大学にてハンス・ライグラフに師事し、13歳からハノーファー音楽大学に新設されたIFF(音楽英才教育研究所:Institut zur Frühförderung musikalisch Hochbegabter)で勉強を始めた[3]。レヴィットの音楽活動に大きな影響を与えたのは、ハノーファー音楽大学の名誉教授であるラヨシュ・ロヴァトカイだった。ドイツ国立学術財団の支援を受け、23歳で同大学を修了した[15]。2019年10月1日より、レヴィットは同大学のピアノ教授を務めている[8]。

2020年のベートーヴェン生誕250周年に際してピアノソナタ全集をリリースし、グラミー賞にノミネートされた[16]。

2020年3月の新型コロナウイルス禍によるロックダウン下では、Periscopeを通じて52回の「ハウスコンサート」を行った[17][18]。配信はベルリンの自宅マンションからの生中継で行われた。4月3日には、ドイツ連邦大統領フランク=ヴァルター・シュタインマイアーに招待され官邸で演奏し、大統領の公式Instagramアカウント上からライブ配信を行った[19]。5月30日から31日にかけては、エリック・サティのヴェクサシオンを15時間にわたってライブ配信した[20]。また、この演奏の際に使用した840枚の楽譜を販売して84000ユーロを集め、パンデミック中の音楽家を支援するために、ドイツのオーケストラ財団へ全額寄付した[21]。9月11日、このハウスコンサートの際に演奏した曲をもとにCD「エンカウンター」をリリースした[22]。

2020年12月8日のノーベル賞授賞式コンサートでは、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団と共演し、ソリストを務めた[23]。

2021年8月にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のサマーナイト・コンサートでソリストを務めた[24]。

政治的な発言

レヴィットは、同盟90/緑の党の党員でもある[25]。右派が台頭してきたドイツにユダヤ人として移民した経験もあり、自身のTwitterでは反ユダヤ主義への反対を熱心に訴えている[7]。

2014年にエコー賞をクラシック部門で受賞したが、その後の2018年に同賞ポップス部門で受賞したグループの楽曲に反ユダヤ主義や女性蔑視的な歌詞が含まれていることに対しての抗議から、同年4月16日に賞を返還した[7][注 2]。

2015年には、ドイツのための選択肢(AfD)に所属する政治家がテレビ出演した際に、ドイツへの亡命者によるレイプ疑惑を告発したことについて、Twitter上でその党員を「うんざりするような卑劣な人間」と評し人間性を否定したが、後に厳しい批判を受けた[22][26]。

2019年11月には、反ユダヤ主義者からの殺害予告を受け、警察が動く騒動が起きた[2][4]。これを受けて、ターゲスシュピーゲルにゲスト記事として「Habe ich Angst? Ja, aber nicht um mich」を寄稿した[27]。これを機に、ヴォルフガング・ショイブレドイツ連邦議会議長は「ドイツの反ユダヤ主義に歯止めをかけよう」と全国民に呼びかけた[28]。この際、同盟90/緑の党党首のロベルト・ハーベックもレヴィットの貢献に敬意を示した[28]。

2020年10月、レヴィットをはじめとする音楽家たちは、ポツダム州議会前で、ドイツのための選択肢(AfD)に対して「Flügel gegen Flügel」というスローガンのもと、音楽による抗議活動を行った[29]。

レパートリー

主にベートーヴェンやバッハ、シューベルト、ドビュッシー、ラヴェルの楽曲を演奏している[30]。また、ショパンを最も優れた作曲家として尊敬しているが、レヴィットは「ショパンの演奏は自分より他のほうが優れている」といい、公演でショパンを演奏することはない[31]。

また、長年親しかったジェフスキーも多く弾いており、実際にいくつかの楽曲はレヴィットへ献呈されている[32]。ジェフスキーやカーデューの政治的な楽曲はレヴィットに大きな影響を与えた[30]。

評価

2010年5月、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングの音楽評論家であるエレオノーレ・ビューニングが、「今世紀の偉大なピアニストの一人」であると評した[33]。少し後には、ヴィルヘルム・シンコヴィッツが「あらゆる技術的なトリックを華麗に解決するアーティスト」と評している[34]。2011年10月、3satは45分のドキュメンタリー番組「Igor Levit – Mein Liszt」を放送し、フランツ・リストへのレヴィットの愛情を紹介した。2013年、カイ・リューズ=カイザーは、レヴィットの才能が実際にどうであるかは、10年経たねば分からないと話した[10]。

2020年10月16日、音楽評論家のヘルムート・マウロは、南ドイツ新聞で、レヴィットがTwitterでの活動以外に連邦功労十字章に見合った功績を残していないと批判した上で、レヴィットよりもロシアのピアニストであるダニール・トリフォノフのほうが優れていると評した[22][35]。この記事は反ユダヤ主義的であるとして読者からの批判が多く寄せられ、これを受けて10月20日、南ドイツ新聞の編集長であるヴォルフガング・クラハはレヴィットへの謝罪文を発表した[36]。また、この記事に対して多くの音楽評論家が反応した。10月19日、マニュエル・ブルーグは「レヴィットの音楽的な能力が疑われているという事実は馬鹿げている」と評し、南ドイツ新聞を痛烈に批判した[37]。ヴィルヘルム・シンコヴィッツは、レヴィットをめぐる論争について、音楽評論を悩ませている「無力感のすべて」を反映していると評した[36]。10月21日には、ジャーナリストのカロリン・エムケが、マウロの記事と同じ南ドイツ新聞にて、マウロの文章は反ユダヤ的な言葉や表現に満ちているとして鋭く批判した[38]。

受賞

ディスコグラフィー

アルバム

年 タイトル レーベル チャート最高順位[41] 受賞
ドイツの旗 DE オーストリアの旗 AT スイスの旗 CH
2007年 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番、第2番 ナクソス - - -
2013年 ベートーヴェン:後期ピアノ・ソナタ集 ソニー・クラシカル 46 - - ロイヤル・フィルハーモニック協会ヤング・アーティスト賞
BBCミュージック・マガジン新人賞[42]
2014年 J.S.バッハ:パルティータ(全曲) 80 - -
2015年 変奏曲の世界(バッハ、ベートーヴェン、ジェフスキー) 68 - - グラモフォン賞年間レコーディング部門
グラモフォン賞器楽部門
2016年 ベートーヴェン:ディアベリ変奏曲 - - -
J.S.バッハ:ゴールドベルグ変奏曲 - - -
ジェフスキー:「不屈の民」変奏曲 - - -
2018年 ライフ 79 - 95
2019年 ベートーヴェン:ピアノソナタ全集 24 - 64 グラモフォン賞器楽部門
2020年 エンカウンター~邂逅 13 74 21
2021年 シェーンブルン夏の夜のコンサート 2021 - 8 -
オン・DSCH 16 35 30

シングル

年 タイトル レーベル
2015年 ベートーヴェン:エリーゼのために ソニー・クラシカル
2020年 ベートーヴェン(リスト編):歓喜の歌

著書

  • 『Hauskonzert』(2021年4月12日、カール・ハンザー、ISBN 978-3-446-26960-6)[43]

脚注

注釈

  1. 最年少で参加し、銀賞だけでなく室内楽特別賞などの計4つの賞を受賞した。
  2. 賞を返還した受賞者は他にもおり、これらの抗議を受けてエコー賞は廃止された。

出典

  1. “(評・音楽)イゴール・レヴィット 柔らかい音に潜む鋭い批判:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2021年10月10日閲覧。
  2. “After death threat, pianist Igor Levit warns of rising hatred in Germany” (英語). Jewish Telegraphic Agency (2020年1月2日). 2021年10月10日閲覧。
  3. “HMTM Hannover: Prof. Igor Levit”. www.hmtm-hannover.de. 2021年10月10日閲覧。
  4. “ストックホルム発 〓 ピアノのイゴール・レヴィットがノーベル賞の授賞式で演奏 | 月刊音楽祭”. m-festival.biz (2020年4月20日). 2021年10月10日閲覧。
  5. “Ukrainian Pianist Alexander Gavrylyuk Wins Rubinstein Competition” (英語). Haaretz. https://www.haaretz.com/1.4850291 2021年10月10日閲覧。
  6. Cooper, Michael (2018年1月3日). “The Pianist of the Resistance Captures a Surprise Award” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2018/01/03/arts/music/igor-levit-gilmore-award.html 2021年10月10日閲覧。
  7. Welle (www.dw.com), Deutsche. “Igor Levit wins the Beethoven Prize for taking a stand at the keyboard | DW | 06.12.2019” (英語). DW.COM. 2021年10月10日閲覧。
  8. “HMTM Hannover: Igor Levit wird Professor für Klavier”. www.hmtm-hannover.de. 2021年10月10日閲覧。
  9. Gault, Philippe (2022年3月17日). “Allemagne : Igor Levit nommé directeur artistique du Festival de Printemps d’Heidelberg” (フランス語). Radio Classique. 2022年4月9日閲覧。
  10. Luehrs-Kaiser, Kai (2013年8月27日). “Klavier-Virtuose: Igor Levit nahm für Beethoven 32 Kilo ab” (ドイツ語). DIE WELT. https://www.welt.de/kultur/buehne-konzert/article119394773/Igor-Levit-nahm-fuer-Beethoven-32-Kilo-ab.html 2021年10月10日閲覧。
  11. “Review: Igor Levit, the best Russian pianist you haven't heard...yet” (英語). Los Angeles Times (2015年4月23日). 2021年10月10日閲覧。
  12. Nast, Condé (2020年5月8日). “Igor Levit Is Like No Other Pianist” (英語). The New Yorker. 2021年10月10日閲覧。
  13. Peitz, Christiane (2011年5月25日). “Zorn und Zärtlichkeit” (ドイツ語). Der Tagesspiegel Online. ISSN 1865-2263. https://www.tagesspiegel.de/kultur/zorn-und-zaertlichkeit/4218908.html 2021年10月10日閲覧。
  14. Welle (www.dw.com), Deutsche. “'I want more': Igor Levit writes about his life | DW | 16.04.2021” (英語). DW.COM. 2021年10月11日閲覧。
  15. “90 Jahre, 90 Köpfe | Studienstiftung des deutschen Volkes”. www.studienstiftung.de. 2021年10月10日閲覧。
  16. “Grammys awarded for recordings of Ives, Gershwin, Smyth and a raft of contemporary composers” (英語). Classical Music. 2021年10月10日閲覧。
  17. “新型コロナで窮地のクラシック界、無料配信で愛好家にアプローチ”. www.afpbb.com. 2021年10月10日閲覧。
  18. “Igor Levit: 'These concerts were life-saving for me'” (英語). the Guardian (2020年5月24日). 2021年10月10日閲覧。
  19. “19時になったら画面の前に集合! 名ピアニストによる至福のライブ配信。【コロナと闘う世界の都市から】|Pen Online”. Pen Online (2020年4月23日). 2021年10月11日閲覧。
  20. Barone, Joshua (2020年5月31日). “‘I Just Let Myself Go’: Igor Levit on Surviving a Satie Marathon” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2020/05/31/arts/music/igor-levit-vexations.html 2021年10月10日閲覧。
  21. Rundfunk, Bayerischer (2021年3月4日). “Pianist Igor Levit: Notenblätter für Corona-Nothilfefonds: "Wir lassen euch nicht alleine" | BR-Klassik” (ドイツ語). www.br-klassik.de. 2021年10月10日閲覧。
  22. “Pianist und Anti-rechts-Aktivist Igor Levit: Er spielt und er twittert” (ドイツ語). DER STANDARD. 2021年10月11日閲覧。
  23. “Nobel Prize Concert 2020” (英語). NobelPrize.org (2020年4月20日). 2021年10月11日閲覧。
  24. red, wien ORF at/Agenturen (2021年4月18日). “Sommernachtskonzert mit Igor Levit” (ドイツ語). wien.ORF.at. 2021年10月10日閲覧。
  25. Welle (www.dw.com), Deutsche. “Starpianist Igor Levit: Man kann nicht einfach auf den Mond ziehen | DW | 14.01.2020” (ドイツ語). DW.COM. 2021年10月10日閲覧。
  26. “Star-Pianist macht Musik und Meinung” (ドイツ語). HAZ – Hannoversche Allgemeine. 2021年10月10日閲覧。
  27. “„Habe ich Angst? Ja, aber nicht um mich“” (ドイツ語). Der Tagesspiegel Online. (2019年12月29日). ISSN 1865-2263. https://www.tagesspiegel.de/meinung/pianist-igor-levit-erhielt-morddrohungen-habe-ich-angst-ja-aber-nicht-um-mich/25372372.html 2021年10月10日閲覧。
  28. K.d.ö.R, Zentralrat der Juden in Deutschland (2019年12月30日). “»Damit muss Schluss sein«” (ドイツ語). Jüdische Allgemeine. 2021年10月10日閲覧。
  29. “Künstler spielen vor Potsdamer Landtag gegen AfD an” (ドイツ語). www.rbb24.de. 2021年10月10日閲覧。
  30. “A Levitating Career - Igor Levit - Steinway & Sons” (英語). www.steinway.com. 2021年10月30日閲覧。
  31. “Přijíždí Igor Levit. Klavírista čelil výhrůžkám zabitím, na pódiu musel mít ochranku | Aktuálně.cz” (チェコ語). Aktuálně.cz - Víte, co se právě děje (2021年10月27日). 2021年10月30日閲覧。
  32. Levit, Igor; Barone, Joshua (2021年6月29日). “Igor Levit on Frederic Rzewski: ‘The People’s Composer’” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2021/06/29/arts/music/frederic-rzewski-igor-levit.html 2021年10月30日閲覧。
  33. Büning, Eleonore. “Pianist Igor Levit: Eine große Erschütterung” (ドイツ語). FAZ.NET. ISSN 0174-4909. https://www.faz.net/aktuell/feuilleton/buehne-und-konzert/pianist-igor-levit-eine-grosse-erschuetterung-1983785.html 2021年10月11日閲覧。
  34. Sinkovicz, 18 09 2010 um 18:58 von Wilhelm (2010年9月18日). “Das hohe C auf hoher See: Klassikluxus” (ドイツ語). Die Presse. 2021年10月11日閲覧。
  35. Mauró, Helmut. “Pianisten - Igor Levit ist müde” (ドイツ語). Süddeutsche.de. 2021年10月11日閲覧。
  36. Rundfunk, Bayerischer (2020年10月22日). “Diskussion: SZ-Artikel über Pianist Igor Levit: SZ-Chefredaktion entschuldigt sich bei Levit | BR-Klassik” (ドイツ語). www.br-klassik.de. 2021年10月11日閲覧。
  37. Brug, Manuel (2020年10月19日). “Klassik-Kontroverse: Die Generalabrechnung mit Igor Levit ist schlichtweg nicht fair” (ドイツ語). DIE WELT. https://www.welt.de/kultur/article218158570/Klassik-Kontroverse-Die-Generalabrechnung-mit-Igor-Levit-ist-schlichtweg-nicht-fair.html 2021年10月11日閲覧。
  38. Emcke, Carolin. “Debatte über SZ-Text - Ich bin auch müde” (ドイツ語). Süddeutsche.de. 2021年10月11日閲覧。
  39. SWR2. “Bundesverdienstkreuz für Bürger, Europäer und Pianist Igor Levit” (ドイツ語). swr.online. 2021年10月10日閲覧。
  40. “ロンドン発 〓 クラシック音楽雑誌「グラモフォン」が「アワード2020」を発表 | 月刊音楽祭”. m-festival.biz (2020年10月7日). 2021年10月30日閲覧。
  41. DE AT CH
  42. “プロフィール | イゴール・レヴィット | ソニーミュージックオフィシャルサイト”. イゴール・レヴィット | Sony Music. 2021年10月30日閲覧。
  43. “Hauskonzert - Bücher - Hanser Literaturverlage” (ドイツ語). www.hanser-literaturverlage.de. 2021年10月11日閲覧。

外部リンク

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