イシュプイニ
イシュプイニ(Išpuini イシュプイニシュ Išpuinišとも)は、ウラルトゥの王(在位:紀元前828年頃 - 紀元前810年頃)。ウルミア湖の南方にまでウラルトゥ王国の領土を拡大した。
| イシュプイニ | |
|---|---|
| 在位 | 紀元前828年頃 - 紀元前810年頃 |
| 死去 |
紀元前810年頃 |
| 子女 | メヌア |
| 父親 | サルドゥリ1世 |

イシュプイニおよびメヌア時代のウラルトゥの版図(橙色)。緑色はアッシリア帝国の版図

ムサシルの神殿(紀元前714年のアッシリア軍による破壊の様子)
来歴
征服
ウラルトゥ王サルドゥリ1世の息子。父の跡を継ぎ、「ナイリの王、偉大なる王、世界の王」を名乗った。軍制改革を推進し、ウラルトゥをオリエントの強国の一角に加えた。南方に勢力を拡大し、マンナエ人の町ムサシルを攻略し、このことはイシュプイニの息子メヌアがケリシン碑文[1]に残した文面から窺うことが出来る。この町をハルディ神に捧げてウラルトゥの重要な宗教都市としたが、同時にこの地方は重要な鉄の産地でもあった。
ウラルトゥの版図をヴァン湖とウルミア湖の間の領域に拡大したイシュプイニは、南方の宿敵アッシリア帝国のシャムシ・アダド5世およびその王妃シャンムラマトとも戦った。またアラス川の北方から南下して来る遊牧民とも戦い、これを撃退したという。
注
外部リンク
文献
- W. C. Benedict, The Urartian-Assyrian Inscriptions of Kelishin, JAOS 81, 1961, 359-85.
- Lehmann-Haupt, Materialien zur älteren Geschichte Armeniens und Mesopotamiens (1906).
- Пиотровский Б. Б. Ванское царство (Урарту), Издательство Восточной литературы, Москва, 1959
- (邦訳)『埋もれた古代王国の謎 幻の国ウラルトゥを探る』(ボリス・ボリソヴィッチ・ピオトロフスキー著、加藤九祚訳、岩波書店) ISBN 9784000001601 (4000001604)
- Меликишвили Г. А. Урартские клинообразные надписи, Издательство АН СССР, Москва, 1960
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