イタリアン大通り

イタリアン大通り (Boulevard des Italiens) は、フランスパリ2区9区の境に位置する大通りである。

パリ2, 9区
イタリアン大通り
Boulevard des Italiens
モンマルトル大通りから見たイタリアン大通り
位置
行政区 2区9区
カルティエ ガイヨン地区(2区)、ショセ=ダンタン地区(9区)
起点 モンマルトル大通り
終点 キャピュシーヌ大通り
全長・幅員等
全長 390 m
幅員 35 m
沿革
旧称 Boulevard Neuf
boulevard du Dépôt
boulevard Cerutti
boulevard de la Chaussée-d'Antin
boulevard de Gand
番号
Ville de Paris 4678
DGI 4758
イタリアン大通りの位置(パリ内)
イタリアン大通り
イタリアン大通り
パリ内の位置
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場所とアクセス

パリの「グラン・ブールヴァール」の一画をなす。すなわち、西から東へマドレーヌ大通りキャピュシーヌ大通り、イタリアン大通り、モンマルトル大通りポワッソニエール大通りボンヌ=ヌーヴェル大通りサン=ドニ大通りサン=マルタン大通りタンプル大通りフィーユ・デュ・カルヴェール大通りボーマルシェ大通りと、パリ中心部を囲むようにつながっている。

最寄駅は、メトロオペラ駅リシュリュー=ドゥルオ駅である。

名称の由来

1783年に建てられたイタリアン劇場(現在のオペラ=コミック座)に由来する。

沿革

著名な建物

  • ラフィット通りとの交差点からは、サクレ・クール寺院がノートルダム・ド・ロレット教会に隣り合うように見える。
  • 5番地の2:1860年から、パサージュ・デ・プランスの路地がここから開通した。
  • 6番地:ファッション写真家A.フェリックスのアトリエであった。
  • 8番地:1859年以降、第二帝政期のファッション写真家ウジェーヌ・ディデリ (Eugène Disdéri) のアトリエであった。
  • 13番地:マリヴォー通りとの角に、第二帝政期の有名なレストランカフェ・アングレ(1802年-1913年)があった。その後アール・ヌーヴォーの建物に建て替えられた。
  • 15番地:シネマ・マリヴォーが1919年に開館した。その後経営主体が代わった末、レストランとなった。
  • 16番地:BNPパリバの本店。アール・デコ・スタイルで、1926年から1933年にかけて建築された。元はカフェ・リシュがあった場所である。
  • 19番地:クレディ・リヨネ (Credit Lyonnais) の本店。ガス照明の最初のテストが行われた。
  • 20番地:メゾン・ドレがあった。
  • 22番地:カフェ・トルトーニがあった。
  • 25番地:写真家フェルディナン・ムニエ (Ferdinand Mulnier) の住居であった。
  • 26番地:Café de Badeがあった。
  • 27番地:音楽出版社エノックの本社があった。
  • 29番地:公衆浴場バン・シノワがあった。
  • 31番地:蓄音機・映画のパテ (映画会社) (Pathé Salon, Pathé Frères Salon) 跡地にあたる。
  • 36番地:1929年、建築家ミッシェル・ルー=スピッツが建物を建てた。
  • 38番地:イタリアン大通りの西端。折れ曲がるとショセ=ダンタン通りである。

ギャラリー

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