ギョクチェアダ島

ギョクチェアダトルコ語:Gökçeada、ギリシャ語:イムヴロス島 Ίμβρος – Imvros 英語Imbros)は、トルコの島。かつてはイムロズ島 (İmroz Adası)が公式名称であったが、1970年7月29日付8479号閣議決定によりギョクチェアダに改名された。[1]チャナッカレ県に属し、サロス湾の入り口にある。島全体の人口は8,875人(2000年)。多数がトルコ人であるが、300人ほどのギリシャ人も暮らしている。最大の町はギョクチェアダ。観光と漁業が主であるが、ブドウ栽培とワイン醸造で知られている。

ギョクチェアダ島

ギョクチェアダ島
所在地 トルコの旗 トルコ
所在海域 エーゲ海
座標 北緯40度09分 東経25度50分
面積 279 km²
ギョクチェアダ島の位置(トルコ内)
ギョクチェアダ島
ギョクチェアダ島の位置(チャナッカレ県内)
ギョクチェアダ島
     
プロジェクト 地形
位置

歴史

ギリシャ神話では、アキレウスの母テティスの宮殿があった島とされる。古代にはアテナイの植民地であった。

ダーダネルス海峡に近い軍事的要所であるため、1913年にバルカン戦争終結後にエーゲ海の島々がギリシャへ割譲されても、オスマン帝国はイムロズを手放さなかった。

1920年、セーヴル条約によってオスマン帝国からギリシャ王国へ割譲された。1927年当時、島の人口の97.5%をギリシャ人が占めていた。希土戦争でギリシャがアナトリアで敗退すると、親ギリシャであったイギリス首相デビッド・ロイド・ジョージが退陣、イギリスの中東政策が変更された。西側列強はトルコ共和国ローザンヌ条約を結び、イムロズ島をトルコへ割譲した。この際に、多くの在トルコのギリシャ人が出国していった(ギリシャとトルコの住民交換)。

著名な出身者

出典

  1. İdris Bostan, Ege Adaları'nın İdarî, Malî ve Sosyal Yapısı, Stratejik Araştırma ve Etüdler Milli Komitesi (SAEMK), 2003, p. 181. (トルコ語)

外部リンク

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