イリノイ州選出のアメリカ合衆国上院議員

イリノイ州選出のアメリカ合衆国上院議員は、イリノイ州から選出されたアメリカ合衆国上院議員。6年毎に改選される。

イリノイ州は1818年12月3日に連邦に加わり、以後第2部及び第3部に属する47人が上院議員となった。上院は汚職を理由に、フランク・L・スミスの就任を2度にわたり拒否した(1926年12月及び1927年3月)が、スミス自身及び州知事はスミスが約2年間上院議員であったと見做したので、本項では彼を一覧に含めることとする。リコンストラクションの時代から上院に議席を有した4人のアフリカ系アメリカ人のうち3人は、イリノイ州第3部の議席を占めた。残る1名(エドワード・ブルック)は、マサチューセッツ州から選出された。

第2部

氏名所属政党就任退任退任理由備考
ジェシー・B・トマス民主共和党1818年12月3日1829年3月4日引退
ジョン・マクリーン民主党1829年3月4日1830年10月14日死亡イリノイ州下院議長(1820年 - 1822年、1826年 - 1830年)
かつては第3部の上院議員を務めた
デイヴィッド・J・ベイカー民主党1830年11月12日1830年12月11日引退
ジョン・マクラッケン・ロビンソン民主党1830年12月11日1841年3月4日引退
サミュエル・マクロバーツ民主党1841年3月4日1843年3月27日死亡
ジェームズ・センプル民主党1843年12月4日1847年3月4日引退イリノイ州下院議長(1834年 - 1838年)
スティーヴン・A・ダグラス民主党1847年3月4日1861年6月3日死亡民主党大統領候補者(1860年)
オーヴィル・ヒックマン・ブラウニング共和党1861年6月26日1863年1月12日引退内務長官(1866年 - 1869年)
ウィリアム・アレグザンダー・リチャードソン民主党1863年1月30日1865年3月4日引退ネブラスカ準州知事
リチャード・イェーツ共和党1865年3月4日1871年3月4日引退イリノイ州知事(1861年 - 1865年)
ジョン・A・ローガン共和党1871年3月4日1877年3月4日再選に失敗アンドルー・ジョンソンに対する上院での弾劾裁判における、下院の弾劾責任者。
のち、イリノイ州第3部の議席を占めた
デイヴィッド・デイヴィス無所属1877年3月4日1883年3月4日引退アメリカ合衆国最高裁判所判事(1862年 - 1877年)
上院仮議長(1881年 - 1883年)
シェルビー・ムーア・カロン共和党1883年3月4日1913年3月4日イリノイ州知事(1877年 - 1883年)
J・ハミルトン・ルイス民主党1913年3月26日1919年3月4日再選に失敗イリノイ州下院議長(1861年 - 1863年、1873年 - 1875年)
上院多数党院内幹事(1913年 - 1919年、1933年 - 1939年)
ジョーゼフ・M・マコーミック共和党1919年3月4日1925年2月25日死亡[1]
チャールズ・S・デネーン共和党1925年2月26日1931年3月4日再指名獲得に失敗イリノイ州知事(1905年 - 1913年)
J・ハミルトン・ルイス民主党1931年3月4日1939年4月9日死亡上院多数党院内幹事(1913年 - 1919年、1933年 - 1939年)
ジェームズ・M・スラットリー民主党1939年4月14日1940年11月21日補欠選挙で敗北
チャールズ・W・ブルックス共和党1940年11月22日1949年1月3日再選に失敗
ポール・ダグラス民主党1949年1月3日1967年1月3日再選に失敗
チャールズ・H・パーシー共和党1967年1月3日1985年1月3日再選に失敗
ポール・マーティン・サイモン民主党1985年1月3日1997年1月3日引退イリノイ州副知事
ディック・ダービン民主党1997年1月3日現職上院民主党院内幹事(2003年 - )
上院多数党院内幹事(2007年 - )

第3部

氏名所属政党就任退任退任理由備考
ニニアン・エドワーズ民主共和党1818年12月3日1824年3月4日辞任ケンタッキー州最高裁判所長官(1808年)
イリノイ準州知事(1809年 - 1818年)
イリノイ州知事(1826年 - 1830年)
ジョン・マクリーン民主党1824年11月24日1825年3月4日引退イリノイ州下院議長(1820年 - 1822年、1826年 - 1830年)
イライアス・ケイン民主党1825年3月4日1835年12月12日死亡
ウィリアム・リー・D・ユーイング民主党1835年12月30日1837年3月4日引退イリノイ州下院議長(1830年 - 1832年)
イリノイ州知事(1834年)
リチャード・M・ヤング民主党1837年3月4日1843年3月4日引退
シドニー・ブリーズ民主党1843年3月4日1849年3月4日再指名獲得に失敗イリノイ州下院議長(1851年 - 1853年)
イリノイ州最高裁判所長官(1867年 - 1870年、1873年 - 1874年)
ジェイムズ・シールズ民主党1849年10月27日1855年3月4日再選に失敗のち、ミネソタ州及びミズーリ州選出上院議員
ライマン・トランバル共和党1855年3月4日1873年3月4日
リチャード・ジェイムズ・オグレスビー共和党1873年3月4日1879年3月4日引退イリノイ州知事(1865年 - 1869年、1873年)
ジョン・A・ローガン共和党1879年3月4日1886年12月26日死亡アンドルー・ジョンソンに対する上院での弾劾裁判における、下院の弾劾責任者。
イリノイ州第2部の議席をも占めた
チャールズ・B・ファーウェル共和党1887年1月19日1891年3月4日引退
ジョン・M・パーマー民主党1891年3月4日1897年3月4日引退
ウィリアム・E・メイソン共和党1897年3月4日1903年3月4日
アルバート・J・ホプキンズ共和党1903年3月4日1909年3月4日再選に失敗
ウィリアム・ロリマー共和党1909年6月18日1912年7月13日選挙無効汚職により、上院は選挙を無効とした
ローレンス・イェーツ・シャーマン共和党1913年3月26日1921年3月4日イリノイ州下院議長(1899年 - 1903年)
イリノイ州副知事(1905年 - 1909年)
ウィリアム・B・マッキンリー共和党1921年3月4日1926年12月7日再指名獲得に失敗イリノイ州下院議長(1913年 - 1915年)
フランク・L・スミス共和党1926年12月7日1928年12月3日着任せず、辞任
オーティス・F・グレン共和党1928年12月3日1933年3月4日再選に失敗
ウィリアム・H・ディーテリック民主党1933年3月4日1939年1月3日引退
スコット・W・ルーカス民主党1939年1月3日1951年1月3日再選に失敗上院少数党院内幹事(1947年 - 1949年)
上院多数党院内総務(1949年 - 1951年)
エヴァレット・ダークセン共和党1951年1月3日1969年9月17日死亡上院少数党院内総務(1959年 - 1969年)
ラルフ・タイラー・スミス共和党1969年9月17日1970年11月3日補欠選挙で敗北イリノイ州下院議長(1967年 - 1969年)
アドレイ・スティーヴンソン3世民主党1970年11月17日1981年1月3日引退
アラン・J・ディクソン民主党1981年1月3日1993年1月3日再指名獲得に失敗
キャロル・モーズリー・ブラウン民主党1993年1月3日1999年1月3日再選に失敗上院初の黒人女性議員にして、イリノイ州選出上院議員として初の黒人議員
ピーター・フィッツジェラルド共和党1999年1月3日2005年1月3日引退
バラク・オバマ民主党2005年1月3日2008年11月16日辞任大統領(2009年 - )
ローランド・バリス民主党2008年12月31日 [2]2010年11月29日出馬せずイリノイ州司法長官(1991年 - 1995年)
イリノイ州会計監査官(1979年 - 1991年)
マーク・カーク共和党2010年11月29日2017年1月3日再選に失敗イリノイ州下院議員 (2001年 - 2010年)
タミー・ダックワース民主党2017年1月3日現職イリノイ州退役軍人局長(2006年 - 2009年)
退役軍人省次官補(2009年 - 2011年)
イリノイ州下院議員(2013年 - 2017年)

註

  1. マコーミックは再指名を受けられなかったため、生存していたとしても2期目を務めることはできなかった。
  2. 12月31日に指名されたが、就任宣誓をしたのは翌年1月15日である。これは、彼を指名したロッド・ブラゴジェヴィッチ知事が、指名の見返りに金銭を得ようとしたとの疑惑が生じたためである。「『議員資格ない』オバマ氏後任の上院議員、議場入り拒まれる」(読売新聞、2009年1月7日)。「オバマ次期大統領の後任上院議員が就任 州汚職知事指名のバリス氏」(産経新聞、2009年1月16日)。

関連項目

  • イリノイ州選出のアメリカ合衆国議会議員
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