ウィハーン・プラモンコンボーピット

ウィハーン・プラモンコンボーピット(Wihan Phra Mongkhon Bophit、タイ語: วิหารพระมงคลบพิตร)は、タイの中部、アユタヤにあるワット・プラシーサンペットの南に位置する仏教寺院であり、アユタヤ歴史公園の一部としてある。

ウィハーン・プラモンコンボーピット
วิหารพระมงคลบพิตร
Wihan Phra Mongkhon Bophit
礼拝堂(ウィハーン)
基本情報
座標 北緯14度21分18秒 東経100度33分28秒
宗教 仏教
地区 プラナコーンシーアユッタヤー郡
州 アユタヤ県
国 タイ王国の旗 タイ
完成 15世紀末-16世紀(仏像)
仏坐像「プラモンコンボーピット」

礼拝堂(ウィハーン)に安置される仏坐像のプラモンコンボーピット(タイ語: พระมงคลบพิตร)は、高さ約13メートル[1] (12.45m[2]) 、台座を含む全高は約17メートルで[3]、タイ国内で屈指の大仏像である。この仏像は煉瓦と青銅により作られており[2]、現在は金箔に覆われる。

歴史

プラモンコンボーピットの像は、16世紀、王チャイヤラーチャーティラート(在位1534-1547年)統治時代の1538年のものとされるが[3][4]、その坐像に認められる様式より[2]、15世紀の王ボーロマトライローカナート(在位1448-1488年)の時代に創作されたともいわれる[5]。

この仏像は、かつて西にあった別の寺院に祀られていたが、17世紀、王ナレースワン(在位1590-1605年)の統治時代の1603年[4][6]、もしくは王ソンタム(在位1611-1628年)の時代[2][3]、あるいはオランダ人の記述に基づくと1637年に現在の場所に移された[4]。

史記によれば、寺院は王スリエーンタラーティボーディー(在位1703-1709年)統治時代、1706年に落雷により被災しており、仏像はその後、修繕を受けたことが認められる[2]。また、1767年のビルマ軍の侵攻により[4]、寺院は破壊され、仏像も損傷を受けた[2][6]。

19世紀末、仏像プラモンコンボーピットは、チャクリー王朝の王ラーマ5世(在位1868-1910年)により修復がなされた[1]。その後、王ラーマ6世(在位1910-1925年)の時代および1931年にも修復されている[4]。また、1955年になされた修復において[3]、プラモンコンボーピットの左肩部より数多くの仏像が発見された。それらの仏像は現在、チャオ・サーム・プラヤー国立博物館に収蔵されている[4]。

1956年にビルマの首相が来訪し、その寄附により1956年、礼拝堂(ウィハーン)が建立された[1]。

1990年には、タイ芸術局の承認のもと、プラモンコンボーピットの坐像に金箔が施されることになり、その後、1992年に60歳を祝う王妃シリキットの寄附より箔押しが完成した[2][4]。

脚注

  1. 高杉等『東南アジアの遺跡を歩く』めこん、2001年、242頁。ISBN 4-8396-0144-5。
  2. “Wihan Phra Mongkhon Bophit, Ayutthaya, Thailand”. Asian Historical Architecture. orientalarchitecture.com. 2017年9月22日閲覧。
  3. “Wat Mongkhon Bophit, Ayutthaya”. Ayutthaya2020.com. 2017年9月22日閲覧。
  4. “Wihan Phra Mongkhon Bophit (วิหารพระมงคลบพิตร)”. History of Ayutthaya. orientalarchitecture.com. 2017年9月22日閲覧。
  5. 伊東照司『東南アジア美術史』雄山閣、2007年、70頁。ISBN 978-4-639-02006-6。
  6. 中村浩『ぶらりあるきチェンマイ・アユタヤの博物館』芙蓉書房出版、2016年、176頁。ISBN 978-4-8295-0701-8。

関連項目

外部リンク

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