ウィルフィレーセル・ゲレロ

ウィルフィレーセル・ゲレロ・ソト(Wilfreiser Guerrero Soto , 1986年10月17日 - )は、ドミニカ共和国出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。2017年より福岡ソフトバンクホークスのスペイン語通訳を務める。姓(第一姓)は日本語で「ゲレーロ」とも表記される[1]。

ウィルフィレーセル・ゲレロ
Wilfreiser Guerrero
長崎時代
(2008年4月29日 松山中央公園野球場)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 ペラビア州ニサオ
生年月日 (1986-10-17) 1986年10月17日(37歳)
身長
体重
195 cm
97 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
派遣歴

来歴

現役時代

ドミニカ共和国のニサオ出身[2]。MLBのアカデミー志望だったが契約に至らず、カープアカデミーに入る[2]。短期間のトレーニングで球速が向上したことから日本に練習生として派遣されることになり[2]、2008年に広島東洋カープに練習生として入団。四国・九州アイランドリーグ(現:四国アイランドリーグplus)に同年新加入した長崎セインツに派遣され、24試合に登板、0勝7敗0セーブ、防御率4.54の成績だった。

2009年は、後期シーズンのみという契約で徳島インディゴソックスに派遣されると5勝を挙げ、防御率1.69で最優秀防御率のタイトルを獲得した。

2010年1月26日、カープと育成選手契約を結んだ。この時期には、来日当初は合わなかったという日本の食事などにも馴染んでいたという[2]。2010年・2011年は支配下登録選手への移行は行われなかった。

2011年11月1日、育成選手契約を解除したことが球団から発表された[3]。カープ退団後はドミニカ共和国に戻り、失意から野球をやめようとしたが、友人からのアドバイスで練習は続けた[2]。

2013年に日本の知人の紹介で高知ファイティングドッグスの入団テストを受け[2]、8月1日に選手契約を結び[4]、4年ぶりにアイランドリーグに復帰した。その際の来日から高知への移動や入団テストの様子が、2013年9月16日にテレビ東京の「YOUは何しに日本へ?」で放送された。

2015年1月31日、2014年シーズン限りで高知を退団したことが発表された[5]。

2015年5月23日、同じアイランドリーグの愛媛マンダリンパイレーツに入団したことが発表された[6]。アイランドリーグの所属球団としては、派遣時代も含めて4球団目となる。愛媛在籍当時、ファン感謝祭でラファエル・ポロなど他の外国人選手の通訳を務めたことがあった[7]。周囲の日本人に何でも質問したり、日本のテレビ番組を見たりして日本語を覚えていったと述べている[2]。

2015年11月26日、愛媛を自由契約となり、退団することが発表された[8]。再度帰国し地元で野球を教えながら、NPB1軍でプレーするという目標のため練習を続けていたという[2]。

現役引退後

2017年5月、福岡ソフトバンクホークスがキューバ出身育成選手の通訳として採用する意向であると報じられ[9]、5月19日に正式に球団から通訳としての採用が発表された[10]。この採用は、ゲレロを知っていたホークススカウトからの推薦によるものだったという[2]。

これまで、リバン・モイネロ、オスカー・コラスらの通訳を担当。ソフトバンクの球団施設である「若鷹寮」に住み込み、主にスペイン語圏出身の若手外国人選手の通訳を担当している[11]。

選手としての特徴・人物

2019年にはコラスの支配下登録記者会見に同席し、通訳ぶりについて「日本語は片言気味で、コラスと質問者のやりとりは、どこかちぐはぐに」「こうした場で日本語を話すのは初めてで、かなりの緊張があったようだ」と報じられた[12]。

詳細情報

年度別投手成績

  • 一軍公式戦出場なし

独立リーグでの投手成績

年

度
球

団
防
御
率
登

板
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
完

投
完

封
無
四
球
投
球
回
打

者
被
安
打
被
本
塁
打
奪
三
振
与
四
球
与
死
球
失

点
自
責
点
暴

投
ボ
丨
ク
2008 長崎 4.542407011067.1305633384624634
2009 徳島 1.691252011064.0273282754781512
2013 高知 5.14633000021.0100220776151231
2014 3.442918010089.04038206845114434120
2015 愛媛 2.731022000033.014535222161131000
通算:5年 3.358111220320274.11226230721016128133102
  • 派遣時を含む

背番号

  • 98 (2008年 - 2009年、2013年 - 2015年)
  • 140 (2010年 - 2011年)

脚注

  1. 田尻耕太郎 (2022年5月3日). “17歳メキシコ人左腕の衝撃…ソフトバンクが前例なき“青田買い”に踏み切れたワケ「週に2回、日本語授業を受けて…」”. Number Web: p. 3. https://number.bunshun.jp/articles/-/853077?page=3 2022年8月2日閲覧。
  2. “SBゲレーロ通訳「いつか日本で指導者に」。一軍登板は叶わずも、新たな夢を掴むため【インタビュー】”. ベースボールチャンネル. (2018年2月3日). https://www.baseballchannel.jp/npb/43543/ 2018年2月3日閲覧。
  3. “選手契約について”. 広島東洋カープ (2011年11月1日). 2011年11月3日閲覧。
  4. “【チーム】支配下選手登録及び解除”. 高知ファイティングドッグス (2013年8月1日). 2013年8月1日閲覧。
  5. 退団選手のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2015年1月31日)
  6. 入団選手のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2015年5月23日)
  7. 2015ファン感謝祭 盛り上がりました! - 愛媛マンダリンパイレーツ公式サイト(2015年10月19日)
  8. 愛媛MP退団選手のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2015年11月26日)
  9. “キューバ育成選手に専用通訳 元広島育成のゲレロ氏採用へ”. 西日本スポーツ. (2017年5月16日). https://www.nishinippon.co.jp/hawks/article/328599/ 2017年5月16日閲覧。
  10. 新入団スタッフ(スペイン語通訳)について - 福岡ソフトバンクホークス(2017年5月19日)
  11. 田尻耕太郎 (2022年5月3日). “17歳メキシコ人左腕の衝撃…ソフトバンクが前例なき“青田買い”に踏み切れたワケ「週に2回、日本語授業を受けて…」(3ページ)”. Number Web. 2022年8月6日閲覧。
  12. “ソフトバンク助っ人会見で珍答連発 通訳と迷コンビ”. 西日本スポーツ. (2019年6月24日). https://www.nishinippon.co.jp/nsp/item/n/521297/ 2020年11月28日閲覧。

関連項目

外部リンク

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