エドアルド・ナヘラ

エドゥアルド・ナヘラ(Eduardo Najera)ことエドゥアルド・アロンソ・ナヘラ・ペレス(Eduardo Alonso Nájera Pérez、1976年7月11日 - )は、メキシコ・チワワ州チワワ出身の元バスケットボール選手。現在はダラス・マーベリックスのスカウトを務めている。現役時のポジションはスモールフォワード。身長203cm、体重100kg。

エドアルド・ナヘラ
Eduardo Najera
ダラス・マーベリックス
ポジション SF
役職 スカウト
基本情報
スペイン語 Eduardo Alonso Nájera Pérez
国籍 メキシコの旗 メキシコ
生年月日 (1976-07-11) 1976年7月11日(47歳)
出身地 チワワ州の旗 チワワ州チワワ
身長(現役時) 203cm (6 ft 8 in)
体重(現役時) 99.8kg (220 lb)
キャリア情報
出身 オクラホマ大学
ドラフト 2000年 2巡目 38位  HOU 
選手経歴
2000-2004
2004-2005
2005-2008
2008-2010
2010
2010-2012
ダラス・マーベリックス ダラス・マーベリックス
ゴールデンステート・ウォリアーズ ゴールデンステート・ウォリアーズ
デンバー・ナゲッツ デンバー・ナゲッツ
ニュージャージー・ネッツ ニュージャージー・ネッツ
ダラス・マーベリックス ダラス・マーベリックス
シャーロット・ボブキャッツ シャーロット・ボブキャッツ
指導者経歴
2012-2015
2015-
テキサス・レジェンズ (Dリーグ)
ダラス・マーベリックス (スカウト)
Stats  Basketball-Reference.com
Stats  NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten
代表歴
キャップ メキシコの旗 メキシコ 2003年

経歴

学生時代

テキサス州サンアントニオのコーナーストーンクリスチャン高校でプレイし、24.8得点15.4リバウンドの成績で州のオールファーストチームに選ばれた。

卒業後、オクラホマ大学に進学し、チームの中心選手として活躍。3年目には15.5得点、8.3リバウンドの成績で、AP通信選出のオールアメリカサードチームに選ばれ、NCAAトーナメントではエリート8まで勝ち進んだ。3年間のプレイで通算リバウンド数、スティール数、ブロック数など9つの部門で、同校記録のトップ10入りを果たした。

1997年夏季ユニバーシアード、1999年夏季ユニバーシアードにメキシコ代表として出場。1999年には、20.1得点6.8リバウンドの成績を残し、チームを第4位に導いた[1]。

NBA

2000年のNBAドラフトにアーリーエントリーしたナヘラは、ヒューストン・ロケッツから2巡目38位指名を受け、メキシコ生まれの選手としては1996-97シーズンにフェニックス・サンズでプレーしたオラシオ・リアマス以来、史上2人目のNBAプレイヤーとなった[1][2]。ドラフト直後のトレードでダラス・マーベリックスに権利が移り、マブスの一員としてルーキーシーズンを迎えた[1]。1年目の2000-01シーズンは3.3得点2.4リバウンドの成績だった。

NBAでのキャリアをスタートしたと同時に、怪我との戦いも始まった。1年目から右鼠径部の故障が原因で29試合を欠場し、その後もマブスに在籍した4シーズンの間に、シーズン60試合以上出場を果たしたのは1シーズンのみだった。

2004年8月24日、ルイス・アルベルト・フローレス、クリスチャン・レイトナー、ムラデン・セクララッチ、複数のドラフト1巡指名権と共に、エリック・ダンピアー、ダン・ディッカウ、エバン・エシュメイヤー、スティーブ・ローガンとの引き換えでゴールデンステート・ウォリアーズに移籍した[3]。2005年2月24日、ルイス・フローレス、ドラフト1巡目指名権と共にニコロス・ツキティシュビリ、ロドニー・ホワイトとの引き換えでデンバー・ナゲッツに移籍した。

2006年にはメキシコのモンテレイで行われたエキシビション、ナゲッツ対ウォリアーズの試合に出場した。

2006年4月27日、チームに悪影響を及ぼすとして出場停止処分を受けたケニオン・マーティンに代わり、ロサンゼルス・クリッパーズとのプレーオフ1回戦第3戦に先発出場した。

ナゲッツでも怪我に悩まされたが、ネネイやケニオン・マーティンなどが次々とシーズンをほぼ全欠する怪我を負ったため、ナヘラはフォワード陣の穴を埋めるべく怪我を抱えながらもコートに立ち続け、06-07シーズンは自身最多の75試合に出場した。この年12月のニューヨーク・ニックスとの乱闘の際、直接乱闘をした選手ではなく、両軍の選手を引き離そうとしたが退場となった。

2008年7月11日、ニュージャージー・ネッツと4年間1200万ドルの契約を結んだ[4]。

2010年1月11日、クリス・ハンフリーズ、ショーン・ウィリアムズとの引き換えで古巣のダラス・マーベリックスに移籍した[5]。同年7月13日、エリック・ダンピアー、マット・キャロルと共にタイソン・チャンドラー、アレクシス・アジンサとの引き換えでシャーロット・ボブキャッツに放出された[6]。ボブキャッツでは、2シーズンプレイした後に現役を引退した。

引退後

現役を引退した同年2012年、かつて所属していたマーベリックスからの要望で、マーベリックス傘下のDリーグチーム、テキサス・レジェンズのヘッドコーチに就任した。

プレイスタイル

数字上の成績は地味ながらも、ダーティワークを一手に引き受け、リバウンド争いにも果敢に飛び込む名バックアッププレイヤー。チームに対する献身的なプレイとチームを活気付けるハッスルプレイは、ヘッドコーチ、チームメイトのみならず、ファンからも厚い信頼を得ている。

脚注

  1. “Meet Eduardo Najera”. nba.com. 2011年6月22日閲覧。
  2. “Bio Page”. nba.com. 2011年6月22日閲覧。
  3. “Warriors And Dallas Consummate Eight-Player Trade”. nba.com (2004年8月24日). 2011年6月22日閲覧。
  4. “Nets Reach Agreements With Eduardo Najera and Jarvis Hayes”. nba.com (2008年7月11日). 2011年6月22日閲覧。
  5. “MAVERICKS ACQUIRE FORWARD EDUARDO NAJERA”. nba.com (2010年1月11日). 2011年6月22日閲覧。
  6. “MAVERICKS ACQUIRE CHANDLER AND AJINCA IN FIVE-PLAYER TRADE”. nba.com (2010年7月13日). 2011年6月22日閲覧。

外部リンク

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