エマニュエル・アギェマン=バドゥ

エマニュエル・アギェマン=バドゥ(Emmanuel Agyemang-Badu, 1990年12月2日 - )は、ガーナ・ブロング=アハフォ州ベレクム出身のサッカー選手。兄弟のナナ・アギェマン=バドゥもサッカー選手でアサンテ・コトコSCでプレーしている[1]。ポジションはミッドフィルダー。

エマニュエル・アギェマン=バドゥ
名前
ラテン文字 Emmanuel Agyemang-Badu
基本情報
国籍 ガーナの旗 ガーナ
生年月日 (1990-12-02) 1990年12月2日(33歳)
出身地 ベレクム
身長 169cm
選手情報
在籍チーム ガーナの旗 アクラ・グレート・オリンピックスFC
ポジション DH
背番号 28
利き足 右足
ユース
-2006 ガーナの旗 ベルリンFC
2006-2007 ガーナの旗 ベレクム・アーセナル
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2007-2008 ガーナの旗 ベレクム・アーセナル 19 (7)
2008-2009 →ガーナの旗 アサンテ・コトコ (loan) 18 (2)
2009 →スペインの旗 レクレアティーボ (loan) 0 (0)
2010-2020 イタリアの旗 ウディネーゼ 170 (10)
2017-2018 →トルコの旗 ブルサスポル (loan) 18 (1)
2019-2020 →イタリアの旗 エラス・ヴェローナFC (loan) 10 (0)
2020 イタリアの旗 エラス・ヴェローナ 0 (0)
2021-2022 中華人民共和国の旗 青島 4 (0)
2023- ガーナの旗 アクラ・グレート・オリンピックス
代表歴2
2009 ガーナの旗 ガーナ U-20 10 (4)
2011 ガーナの旗 ガーナ U-23 7 (2)
2008-2020 ガーナの旗 ガーナ 78 (11)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年9月1日現在。
2. 2020年5月1日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

クラブ

地元のベルリンFCでキャリアを始め[2]、ベレクム・アーセナルへ移籍し、2007年5月21日にガーナ・プレミアリーグのオールスターチームに選ばれた[2]。

ベレクム.A&レクレアティーボ

2008年7月11日、アサンテ・コトコSCへ1年間のレンタル移籍をする[3]と、同年8月にはイングランドへ渡りミドルズブラFC[4]、3ヶ月後にウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCのトライアルを受けた[5][6]。

2009年4月16日、ベルリンFCから6ヶ月間の契約でレクレアティーボ・ウェルバへレンタル移籍をした[7][8][9]。この移籍に関して、ロイターはベルリンFCの公式をソースとし、レンタル料3万ユーロ(4万USドル)で加入したと報じ[10]、一方でAP通信は基本のローン期間は2009年夏の移籍市場が開始するまでで、さらにオプションで2012年6月30日まで契約出来ると報じた[11]。2009年9月中にレクレアティーボとの契約は終わり、アサンテ・コトコへ戻っていった[12]。

ウディネーゼ

2009年11月にBBCとSky Sportsは、2010年1月にセリエAのウディネーゼ・カルチョと契約を結ぶことを報じ[13][14]、2010年1月28日にウディネーゼはベルリンFCから完全移籍で加入したことを公式発表した[15]。2月12日のACミラン戦のためトップチームに初招集されるも試合に出場することはなく、暫く同様の状態が続いた後、3月28日のACFフィオレンティーナ戦(1-4)にパオロ・サンマルコと交代でデビューした。

2011-12シーズン開幕前にギョクハン・インレルがチームを去ったため、UEFAチャンピオンズリーグ 2011-12プレーオフのアーセナルFC戦で先発出場し、新たに導入された4-1-4-1及び4-4-1-1のフォーメーションで攻撃的MFのジャンピエロ・ピンツィと同胞のクワドォー・アサモアと共に中盤を支えた。

代表

ユース時代はU-20及びU-23でプレーした。2009年1月1日にアフリカユース選手権・ルワンダ大会に向け招集され[16][17]、同年のエジプトで開催する2009 FIFA U-20ワールドカップにも出場した[18]。この大会では、2009年10月16日に行われたブラジルとの決勝戦のPK戦で試合を終わらせる最後のPKを決め、ガーナ史上にしてアフリカの国として初優勝をした。

A代表としては、2008年5月22日に初招集され[19]、6月8日のレソト戦で初出場を記録[20]。2009年のアフリカネイションズチャンピオンシップ・コートジボワール大会のメンバーに選出[21]。2011年6月のコンゴ共和国戦で初得点を決めた。

アフリカネイションズカップ2012のギニア戦での得点が評価され、同年のFIFAプスカシュ賞の候補に選出された。

脚注

外部リンク

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