エミリオ・ブンゲ

エミリオ・ビセンテ・ブンゲスペイン語: Emilio Vicente Bunge1837年8月13日 - 1909年9月2日[1])は、アルゼンチン弁護士軍人政治家[2]

Emilio Vicente Bunge
Emilio Bunge
生年月日 (1837-08-13) 1837年8月13日
出生地 アルゼンチンの旗 アルゼンチンブエノスアイレス
没年月日 (1909-09-02) 1909年9月2日(72歳没)
死没地 アルゼンチンの旗 アルゼンチンブエノスアイレス

在任期間 1894年9月14日 - 1896年9月12日
元首 ルイス・サエンス・ペーニャ (1894-1895)
ホセ・エバリスト・ウリブル (1895-1896)
エミリオ・ブンゲ

生涯

1837年8月13日、父カルロス・アウグスト・ブンゲ (Carlos Augusto Bunge) と母マリア・ヘナラ・ペーニャ・レシカ・イ・トレズリ (María Genara Peña Lezica y Torrezuri) の三男[1]としてブエノスアイレスに生まれた。建築家のエルネスト・ブンゲは弟である。ブエノスアイレスのドイツ人学校で学んだ後に弁護士となり、軍事活動に身を投じた。

1881年に現在のブエノスアイレス州の北西パラティド・デ・ヘネラル・ビジェガスに12リーグの土地を購入し、フリオ・アルヘンティーノ・ロカを隊長として入植させ、村の建設を考案した。1905年4月5日に村を設立、現在のエミリオ・V・ブンゲとなっている[3]

1894年9月14日にルイス・サエンス・ペーニャ大統領の下、ブエノスアイレス市長に就任した。翌年、ペーニャが辞職して副大統領のホセ・エバリスト・ウリブルが跡を継いだが、ブンゲは市長職に留まった。

在職中の1894年にロドリゲス・ペーニャ広場を建設し[4]、現在のブエノスアイレスの食肉処理場中枢部の国立牛市場の建設に弾みを与えた[5]

1909年9月2日にブエノスアイレスで死亡し、遺体はレコレータ墓地に葬られた[6]

参考文献

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