エラート環礁
エラート環礁(英語: Elato)は太平洋北西部、カロリン諸島の3つの島からなる環礁。ミクロネシア連邦ヤップ州に所属しており、選挙区を構成している。面積は0.5km2であり、2000年には人口が96人であった[1]。
![]() NASAのエラート環礁の画像 | |
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| 地理 | |
|---|---|
| 場所 | 北西太平洋 |
| 座標 | 北緯7度29分 東経146度09分 |
| 諸島 | カロリン諸島 |
| 島数 | 3 |
| 面積 | 0.526 km2 (0.203 sq mi) |
| 最高標高 | 2 m (7 ft) |
| 行政 | |
| 人口統計 | |
| 人口 | 96(2000年時点) |
| 民族 | ミクロネシア人 |

エラート
エラート環礁の位置
地理
8のような形をした環礁であり長さは8km、最大幅は2km程である。北部の最大の島がエラート島であり、3つの島がある。礁湖は中央部の結節部で2つに分かれている。
ヤップ島の東南東905km程の位置にあり、ラモトレック環礁の西10km、チューク環礁の西580km程の位置にある。浅い水路をはさんで2km程南に、ラモリア環礁が存在する。ラモリア環礁は2個の島が存在し、両環礁は同じ海山の一部である。エラートとラモリアの両環礁をあわせても陸地面積は0.526km2ほどである[2]。北西35km程の位置にオリマラオ環礁が存在し、この環礁もエラート環礁とおなじ自治体に属している。
歴史
他のカロリン諸島同様、スペイン統治を経て1899年にドイツ帝国領となり、第1次世界大戦後は日本の委任統治領となり、南洋庁が統治を行った。第2次大戦後はアメリカの占領後、1947年以来の太平洋諸島信託統治領を経て、1979年にミクロネシア連邦が独立、以来ミクロネシアのヤップ州の一部となっている。
註
- Columbia Gazeteer of the World. Vol. 1, p. 900
- Yap State Census Report, 2000 ( PDF)
- Oceandots - ウェイバックマシン(2010年12月23日アーカイブ分)
外部リンク
- Entry at Oceandots.com - ウェイバックマシン(2010年12月23日アーカイブ分)
- Report of the German South Pacific Expedition 1908-1910
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