エリザベート (ヴェルマンドワ女伯)

エリザベート・ド・ヴェルマンドワ(フランス語:Élisabeth de Vermandois, 1143年 - 1183年3月28日)またはイザベル・マビーユ(Isabelle Mabille)は、ヴェルマンドワ女伯(在位:1168年 - 1183年)で、フランドル伯フィリップ・ダルザスの妃。ヴェルマンドワ伯ラウル1世とその2番目の妃ペトロニーユ・ダキテーヌの娘。

エリザベート
Élisabeth
ヴェルマンドワ女伯
在位 1168年 - 1183年

出生 1143年
死去 1183年3月28日
フランドル伯領、アラス
埋葬 フランス王国、ヴェルマンドワ伯領、アミアン大聖堂
配偶者 フランドル伯フィリップ・ダルザス
家名 ヴェルマンドワ家
父親 ヴェルマンドワ伯ラウル1世
母親 ペトロニーユ・ダキテーヌ
1180年のフランス。ヴェルマンドワ伯領はフランス北東部に位置する。

生涯

生い立ち

エリザベートは父ラウル1世の第2子であり長女として生まれ、父の最初の妃エレオノール・ド・シャンパーニュとの間に生まれた異母兄ユーグがいた。したがって、エリザベートは生まれたときには伯位継承権第2位であった。エリザベートが2歳のとき、実弟ラウル2世が生まれ、これによりエリザベートの継承順位は3位に後退した。約3年後、実妹エレオノールが生まれた。

エリザベートの母ペトロニーユは、初婚ではフランス王妃、再婚でイングランド王妃であったアリエノール・ダキテーヌの妹であり、このためエリザベートはイングランド王リチャード1世およびジョン王の従姉であった。

エリザベートの父ラウル1世は先妻エレオノールと離婚していたが、母ペトロニーユとの再婚は教皇インノケンティウス2世により教会法に反しているとみなされたが、後に教皇ケレスティヌス2世により結婚を承認され、エリザベートの相続権が認められた。しかし、ラウル1世は1151年にペトロニーユと離婚し、翌年フランドル伯ティエリーの娘ローレットと再婚した。

結婚

1152年10月14日、実父ラウル1世が亡くなり、異母兄ユーグがヴェルマンドワ伯ユーグ2世となり、エリザベートの継承順位は2番目に戻った。1159年、16歳のエリザベートはフランドル伯フィリップ・ダルザスと結婚した[1][2]。翌1160年、エリザベートの実弟ラウルは夫フィリップの実妹マルグリットと結婚した。同年、兄ユーグ2世は伯位を辞し修道士となった。このため実弟が伯位を継承しラウル2世となり、エリザベートが継承権第1位となり、妹のエレオノールが第2位となった。

治世

1167年[3]、実弟ラウル2世がハンセン病で亡くなった。マルグリットとの間に子供がいなかったため、エリザベートはヴェルマンドワ伯領を相続し[4]、夫と共同で統治した。これにより、フランドルの勢力はさらに南に拡大しこれまでで最大となり、フランス北部の力の均衡が完全に変わる恐れがあった。

フィリップとエリザベートの間には子供がいなかった。1175年、フィリップはエリザベートの姦通を発見し[5][6]、愛人のゴーティエ・ド・フォンテーヌを撲殺した[5]。その後、フィリップはフランス王ルイ7世からヴェルマンドワ伯領の完全な支配権を獲得した。1177年、フィリップは聖地に向けて出発する際に、妹のマルグリットとその2番目の夫であるエノー伯ボードゥアン5世を相続人に指名した。

エリザベートは1183年3月28日にアラスにおいて39歳または40歳で死去し、フランス王フィリップ2世はエリザベートの妹で爵位継承権を持つエレオノールにヴェルマンドワを手に入れるよう促した。エリザベートはアミアン大聖堂に埋葬された。

脚注

  1. Annales Blandinienses 1157, MGH SS V, p. 29.
  2. John W. Baldwin, The Government of Philip Augustus: Foundations of French Royal Power in the Middle Ages, (University of California Press, 1986), 15.
  3. “Women in power 1150-1200”. Guide2womenleaders.com. 2015年5月3日閲覧。
  4. Flandria Generosa (Continuatio Bruxellensis), MGH SS IX, p. 325.
  5. Gislebertus (of Mons), Chronicle of Hainaut, transl. Laura Napran, (The Boydell Press, 2005), 34 note138.
  6. Ex Radulfi de Diceto imaginibus historiarum, RHGF XIII, p. 198.
先代
ラウル2世
ヴェルマンドワ伯
1168年 - 1183年
(フィリップ・ダルザスと共治)
次代
エレオノール
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