エンリコ・ディ・ボルボーネ=パルマ

エンリコ・ディ・ボルボーネ=パルマ(イタリア語: Enrico di Borbone-Parma, 1873年6月13日 - 1939年11月16日)は、ボルボーネ=パルマ家家長および名目上のパルマ公(1907年 - 1939年)。

エンリコ・ディ・ボルボーネ=パルマ
Enrico di Borbone-Parma
ボルボーネ=パルマ家家長
在位 1907年 - 1939年

全名
出生 (1873-06-13) 1873年6月13日
スイスの旗 スイス、ザンクト・ガレン州ロールシャッハ
死去 (1939-11-16) 1939年11月16日(55歳没)
イタリア王国の旗 イタリア王国、ルッカ
埋葬 イタリア王国の旗 イタリア王国、ヴィアレッジョ、テヌータ・レアーレ教会
父親 パルマ公ロベルト1世
母親 マリーア・ピア・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ
宗教 キリスト教カトリック

生涯

最後のパルマ公で既にパルマを追われていたロベルト1世と、最初の妻の両シチリア王女マリーア・ピアの次男(第4子、ただし兄フェルディナンドは誕生後間もなく夭逝しており、実質的には長男)としてスイスのロールシャッハに生まれる。

1907年、父の死によりボルボーネ=パルマ家の家長、および名目上のパルマ公エンリコ1世(イタリア語: Enrico I)となった。しかし知的障害のため、四弟エリアが摂政として事実上の家長の役割を果たした。この状況は、エンリコが独身で子がいないまま1939年に死去した後、三弟ジュゼッペが家長位を継いだ後も継続した。

先代
ロベルト1世
ボルボーネ=パルマ家家長
1907年 - 1939年
次代
ジュゼッペ
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