オリエンタルバイオシルバースター

オリエンタルバイオシルバースター(英: OrientalBio silverstar)は、日本の神奈川県横浜市と川崎市に本拠地を置くアメリカンフットボールのクラブチーム。Xリーグ1部のX1 Superに所属する。

オリエンタルバイオシルバースター
OrientalBio silverstar
創設:1970年(54年前)
加盟:1970年シーズン
リーグ
Xリーグ・X1 Super
チーム名
  • オリエンタルバイオシルバースター(2024-)
    • アサヒビールシルバースター(1989-2023)
    • シルバースター(1970-1988)
ホームタウン
神奈川県横浜市・川崎市
チーム情報
愛称 シルバースター
チームカラー   ネイビーブルー
  シルバー
メインスポンサー オリエンタルバイオ
GM 藤縄大樹
ヘッドコーチ 有馬隼人
公式サイト https://silverstar-football.com/
獲得タイトル
JXB優勝(4回)
1989年・1992年・1993年・1999年
地区優勝(3回)
1997年・2006年・2009年
ライスボウル優勝(3回)
1993年・1994年・2000年

メインスポンサーはオリエンタルバイオ。現在、クラブ事務局を川崎市内に置き、練習場は川崎市川崎区の富士通スタジアム川崎である。

歴史

1970年、クラブチームとしてシルバースター創部。チーム名は「日本のアメリカンフットボール界の輝ける星を目指し、日本の頂点で輝く銀の星になる」事を目標に名付けられた。関東・関西ほか全国の色々な大学出身者らで構成されている。

1989年、当時、アサヒビール(法人としては現:アサヒグループホールディングス)代表取締役社長だった樋口廣太郎は、母校のチームである京都大学ギャングスターズの活躍を通じてアメリカンフットボールへの関心を高めていたが、折りしも関西学院大学ファイターズOBの鈴木智之を介して、クラブチーム運営の苦境を知らされ、シルバースターへのスポンサー参加を決意する。以後、アサヒビールは30年以上にわたりチームをサポート。1993年、94年にはライスボウル連覇を果たした。また、アサヒビールのスポンサード開始の1989年以降、下位リーグとの入替戦出場、及び下位リーグへの降格は一度も無かった。

2024年1月、2024年度からオリエンタルバイオがメインスポンサーとなり、チーム名がオリエンタルバイオシルバースターとなることが発表され、ロゴも一新した。チーム運営⺟体は、公共性の⾼い組織を⽬指して設⽴した⼀般社団法⼈SILVERSTARに移行する[1]。

これまで、社会人日本一を4回、ライスボウル制覇を3回経験。リーグ戦では苦しみながらもFINALには常連出場のチームである。創部以来チームを率いた阿部敏彰は過去3回のアメリカンフットボールワールドカップで日本代表チームの監督を務めた。

練習拠点

現在は川崎市の富士通スタジアム川崎を練習グラウンドに使用しており、平日は選手は勤務後に自主練習している。週末のチーム全体練習は午前中に行われることが多い。

「スポーツを通じた児童保育・素養拡大」を目的にキッズのフラッグフットボールチーム「kids silverstar」を運営。またキッズのチアリーダー「kids silverstar cheerleaders」も活動している。

また、川崎市の「かわさきSDGsパートナー」として、SDGs達成に向けた取り組みを進めている。

タイトル

社会人リーグ

東京スーパーボウル(1987年~2002年)
  • 優勝:4回(1989, 1992, 1993, 1999)
  • 準優勝:2回(1987, 1998)
ジャパンXボウル(2003年~2020年)
  • 優勝:なし
  • 準優勝:2回(2003-2004)
ライスボウル(2021~)
  • 出場なし

()内はシーズン年度

社会人VS学生大会

ライスボウル(~2021年)
  • 優勝:3回(1993-1994, 2000)
  • 準優勝:1回(1990)

()内はライスボウル開催年

成績

秋季リーグ戦成績

     優勝    準優勝    昇格    降格

1997年-2008年(2ステージ制)

年度所属レギュラーシーズンFinal6(プレーオフ)
勝負分順位
1997X EAST5101位 セミファイナル敗退(松下電工)
1998X EAST4102位 東京スーパーボウル敗退(リクルート)
1999X CENTRAL4102位 東京スーパーボウル優勝(鹿島ディアーズ)
2000X EAST4202位 ワイルドカード敗退(対アサヒ飲料)
2001X CENTRAL4202位 ワイルドカード敗退(対アサヒ飲料)
2002X CENTRAL3303位
2003X EAST6202位 JXB敗退(オンワードオークス)
2004X EAST5402位 JXB敗退(松下電工)
2005X CENTRAL9202位 セミファイナル敗退(オービック)
2006X CENTRAL7201位 ワイルドカード敗退(鹿島ディアーズ)
2007X EAST6103位
2008X EAST9303位

2009年-2015年(3ステージ制)

年度所属1stステージ2ndステージFinalステージ
勝負分順位
2009X EAST8201位 Super9:1勝1敗ファイナルステージ敗退(対富士通)
2010X EAST6403位 Super9:0勝2敗
2011X CENTRAL5313位 Super9:0勝2敗
2012X EAST6303位 Super9:1勝1敗
2013X EAST4303位 Super9:1勝1敗
2014X CENTRAL5303位 Super9:0勝2敗
2015X CENTRAL6103位 Super9:0勝2敗

2016年-2018年(2ステージ制)

年度所属レギュラーシーズンプレーオフ
勝負分順位
2016X EAST4503位 クオーターファイナル敗退(対パナソニック)
2017X EAST3603位 ワイルドカード敗退(対オール三菱)
2018X EAST3603位 ワイルドカード敗退(対オール三菱)

2019年-現在(Super・Area制)

年度所属レギュラーシーズンプレーオフ
勝負分順位
2019X1 Area4202位 リクシルディアーズ(現・胎内ディアーズ)と同率2位のため抽選
2020X1 Area短縮日程のため交流戦
2021X1 Area6001位 X1 Superに自動昇格
2022X1 Super230A4位 クオーターファイナル敗退(対富士通)
2023X1 Super230B4位 クオーターファイナル敗退(対パナソニック)

※2022年からはX1 SuperがDiv.AとDiv.Bの2ディビジョンに分かれて実施。

著名な選手

ライスボウル2連覇に貢献、第40・41代ポール・ラッシュ杯受賞。「怪物くん」の愛称を持つ。アサヒビールの社員選手。
  • 金岡禧友
東海の後継QBとしてチームを牽引。現在はコーチに就任。
  • 中村友
第53代ポール・ラッシュ杯受賞。甲子園・ライス・ワールドカップの全てで優勝を経験。
立命館大学の初優勝に貢献、「関西学生史上ナンバーワンQB」と呼ばれた。アサヒビールの社員選手。
関西学院大学出身。1999年度の学生最優秀選手である「ミルズ杯」を獲得。大学卒業後は、TBSアナウンサーとして活動していたが、2004年6月にTBSを退社してチームに参加。現在はシルバースターのヘッドコーチ。所属事務所はグリーンメディア(アスリート部門及び、アナウンサー部門に所属)。
※2008-2009年度はアサヒ飲料チャレンジャーズに移籍。
早稲田大を初の甲子園ボウルに導く。NFLヨーロッパで日本人初のパス成功を記録。
日体大出身。木村拓哉の実弟。日本代表になり、W杯大会日本の連覇に貢献した。アパレルメーカーに勤務している。
  • 玉井摂人
同志社大学出身。第2回W杯大会日本代表メンバー。
  • 三原雄太
関西学院大学出身。2007年度の年間最優秀選手(ミルズ杯)と第62回甲子園ボウル最優秀選手をダブル受賞。
ライスボウルパッシングレコードホルダー(第61回大会)。
  • 佐々木康元
日本大学出身。1999年日本一チームのキャプテンを務めた。第1回(イタリア)、第2回(ドイツ)W杯大会においても、優勝した日本代表のキャプテンを務めた。
  • 梶山龍誠

  日本大学出身。1999年社会人選手権及び2000年ライスボウル(第53回日本選手権)優勝。第1回W杯大会優勝メンバー。株式会社ピケンテクノ代表取締役社長。

  • 堀古英司

  関西学院大学出身。第40回甲子園ボウル出場。ホリコキャピタルマネジメント代表。

  • 加藤智治

  東京大学出身。1999年社会人選手権及び2000年ライスボウル(第53回日本選手権)優勝メンバー。ドイツ銀行、マッキンゼー、(株)あきんどスシロー専務、ゼビオ(株)代表取締役社長を経て、まん福ホールディングス株式会社代表取締役社長。

  • 加藤隆哉

  京都大学出身。(株)グロービス共同設立者兼最高責任者、(株)サイバード取締役を経て、ミドクラジャパン代表取締役。

  明治大学出身。1999年社会人選手権及び2000年ライスボウル(第53回日本選手権)優勝メンバー。ソニー株式会社、レピュコムジャパン株式会社代表取締役社長、ニールセンスポーツ北アジア代表、格闘技団体のONE Championshipジャパンの代表取締役社長を経て、三遠ネオフェニックス国際部門バイスプレジデント兼ジェネラルマネジャー。

脚注

外部リンク

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