オーベルリート

オーベルリート(独: Oberriet)は、スイスのザンクト・ガレン州にある基礎自治体(ゲマインデ)。

オーベルリート
Oberriet
オーベルリートの紋章
徽章
オーベルリートの位置(スイス内)
オーベルリート
オーベルリート
オーベルリートの位置(ザンクト・ガレン州内)
オーベルリート
オーベルリート
オーベルリートの位置

座標: 北緯47度18分59秒 東経9度33分59秒
国スイス
カントンザンクト・ガレン州
郡ラインタール郡
行政
 • 首長ヴァルター・ヘス
面積[1]
 • 計34.53 km2
標高420 m
人口(2015年12月[2])
 • 計8,719人
 • 密度250人/km2
郵便番号9463
SFOS番号3254
周囲アルタッハ (AT-8)、アルトシュテッテン、バルガッハ、ディーポルトザウ、アイヒベルク、コブラッハ (AT-8)、メーダー (AT-8)、マルバッハ、マイニンゲン (AT-8)、レブシュタイン、リューテ (AI)、リュティ
ウェブサイトwww.oberriet.ch
SFSO統計

歴史

891年に Cobolo の名で初めて歴史上に登場する。1290年ごろの文献には Chobilwalt と見える。現在の地名は1417年に初めて確認できる[3]。

地理

2006年の総面積は34.5平方キロで、このうち57.2%を農業用地、25.9%を森林、12.9%を開拓地(建築物・道路)、4.1%を非生産地(河川・湖沼)でしめられる[4]。

ラインタール選挙区に位置するオーベルリート市は、渓谷のオーベルリート、アイヒェンヴィース、モントリンゲン、クリーサーンの各村、カモール丘陵のホルツローデ、コーベルヴァルトの各村、それにフライエンバッハ、コーベルヴィース、ハルトの小村からなる。クリーサーン村の皇帝宮殿(カイザープファルツ)は、かつてライン川対岸のオーストリアのメーダー村が所有していた。市の北西にアイヒベルク、南にリュティがひかえる。

人口統計

オーベルリート市街にある木骨造の家屋

総人口は8351人(2011年末)である。2007年の時点で、外国籍の割合は約11.5%であった。内訳は(2000年の調査で)ドイツ人が63人、ユーゴスラビア難民が461人、オーストリア人が115人、トルコ人が3人、その他が88人[5]。最近10年間の人口増減率は7.3%。2000年時点で住民の94.2%がドイツ語、3.0%がアルバニア語、0.8%がセルボ=クロアチア語を母語とし[4]、スイスの公用語のなかでは7019人がドイツ語、8人がフランス語、41人がイタリア語、5人がロマンシュ語を話すと答えた[6]。

世代別では9歳以下が1043人 (14.0%) 、10代が1017人 (13.6%) 、20代が984人 (13.2%) 、30代が1308人 (17.5%) 、40代が1016人 (13.6%) 、50代が816人 (10.9%) 、60代が617人 (8.3%) 、70代が432人 (5.8%) 、80代が187人 (2.5%) 、90代が34人 (0.5%) となっている[6]。

2000年時点で一人暮らしが634人 (8.5%) 、1418人 (19.0%) が子どもを持たないカップル(婚姻の如何を問わず)、4790人 (64.3%) が子どもを持つ夫妻の構成員である。297人 (4.0%) は一方の親の家で暮らし、81人は成人後も親元に残っている。31人はその他の親族のもとに身を寄せ、45人は血縁関係のない人と生活している。158人は病院などの特別な集合住宅に収容されている[6]。

直近の2007年の選挙で最も票を集めたのは国民党で、投票総数の54.2%が流れた。以下、キリスト教民主党(24.5%)、自由民主党(7.5%)、社会民主党(6.2%)の順に続いた[4]。

市民の高等教育修了率は66.9%である[4]。

人口の推移[3]
年 人口
1798 2,596
1850 3,909
1900 4,277
1950 5,582
2000 7,454

経済

2007年の失業率は1.25%。産業部門別では第一次産業の127事業所に380人、第二次産業の117事業所に1767人、第三次産業の200事業所に1194人が雇用されている[4]。2000年の調査では、市民の1895人が市内に働き口を持ち、1960人が市外に通勤する一方、市内への通勤者も1357人いる[7]。

宗教

2000年の国勢調査によると、5920人 (79.4%) がカトリック教会に、632人 (8.5%) がスイス改革派教会に所属するほか、3人がスイスキリスト教カトリック教会、29人が正教会、50人がその他キリスト教、1人がユダヤ教、398人がイスラームを信仰する。(国勢調査の選択肢にない)その他の宗教を奉る者は16人、無宗教は181人で無回答は224人であった[6]。

重要遺産

ヴィーヘンシュタイン城とブラッテン城のカード

国の重要遺産に、市内からはモントリンゲルベルクの先史時代住居跡とヴィーヘンシュタイン城址が登録されている[8]。

脚注

  1. Arealstatistik Standard - Gemeindedaten nach 4 Hauptbereichen
  2. Swiss Federal Statistical Office - STAT-TAB, online database – Ständige und nichtständige Wohnbevölkerung nach institutionellen Gliederungen, Geburtsort und Staatsangehörigkeit (ドイツ語) accessed 30 August 2016
  3. Oberriet in German, French and Italian in the online Historical Dictionary of Switzerland.
  4. Swiss Federal Statistical Office accessed 04-January-2010
  5. Der Kanton St. Gallen und seine Menschen in Zahlen - Ausgabe 2009 (ドイツ語) accessed 30 December 2009
  6. Canton St. Gallen Statistics-Hauptergebnisse der Volkszählung 2000: Regionen- und Gemeindevergleich-Personen (ドイツ語) accessed 30 December 2009
  7. St Gallen Canton statistics-Communters (ドイツ語) accessed 31 December 2009
  8. Swiss inventory of cultural property of national and regional significance 21.11.2008 version, (ドイツ語) accessed 04-Jan-2010

外部リンク

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