カストロ (チリ)
カストロ (Castro) はチリ南部チロエ島にある都市で、行政上はロス・ラゴス州チロエ県に属していて、チロエ県の県都でもある。
| カストロ Castro | |||
|---|---|---|---|
![]() | |||
| |||
| 位置 | |||
![]() 州内におけるカストロの位置 | |||
| 座標 : 南緯42度28分0秒 西経73度48分0秒 | |||
| 歴史 | |||
| 創設 | 1567年2月12日 | ||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 州 | ロス・ラゴス州 | ||
| 県 | チロエ県 | ||
| 市 | カストロ | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 427.5 km2 | ||
| 標高 | 130 m | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2002年現在) | ||
| 市域 | 39,366人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | CLT (UTC-4) | ||
| 夏時間 | CLST (UTC-3) | ||
| 市外局番 | 56 + 41 | ||
| 公式ウェブサイト : http://www.municastro.cl/ | |||
歴史
カストロはチリで創設から現在まで続いている街の中では3番目に古い街である。1567年、ロドリゴ・デ・キローガは、チロエ島の征服を開始し、義理の息子であるマルティン・ルイス・デ・ガンボアが軍を率いた。現在の場所にカストロの街を創設し、住人であったクンコ人(Cunco)を制圧した。1576年2月12日の街の創設から1767年まで、カストロはチロエ島の行政上の中心であった。1594年、カストロには8000人の住人がおり、その大半は農民であった。17世紀中頃までに、カストロはオランダの海賊によって何度も略奪にあった。
外部リンク
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.

.svg.png.webp)
