カッサラ
カッサラ(アラビア語: كسلا、Kassala)は、スーダンの都市。スーダン東部に位置し、エリトリアとの国境に近い。カッサラ州の州都である。標高529m、人口234,622人(1993年)。
| カッサラ Kassala | |
|---|---|
![]() | |
| 位置 | |
![]() カッサラ カッサラ (スーダン) ![]() カッサラ カッサラ (アフリカ) | |
| 座標 : 北緯15度27分 東経36度24分 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | カッサラ州 |
| 市 | カッサラ |
| 地理 | |
| 面積 | |
| 市域 | ? km2 |
| 標高 | 529 m |
| 人口 | |
| 人口 | (2008年現在) |
| 市域 | 419,030人 |
| その他 | |
| 等時帯 | 中央アフリカ時間 (UTC+2) |
歴史
カッサラは1840年、オスマン帝国のエジプト副王であるムハンマド・アリーの軍によって、エチオピアに対する軍事拠点として建設された。1885年にはマフディーの乱が起き、カッサラはマフディー軍によって占領された。1894年にはイタリア軍がこの街を占領し、イタリア領エリトリアに併合したものの、1897年にはふたたびエジプトに返還され、以後1956年にスーダンが独立するまでアングロエジプトスーダン領となっていた。
1940年には東アフリカ作戦でイタリアが占領したものの、1941年にはイギリスが奪回した。1960年代以降、近くのエリトリア人やエチオピア人、さらには南部のヌバ族などが難民としてカッサラに大量に流入して来た[1]。
脚注
- 「東部・南部アフリカ」(ベラン世界地理体系10)p41 田辺裕・竹内信夫監訳 朝倉書店 2019年6月10日初版第1刷
関連項目
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