カルカソンヌ
カルカソンヌ (Carcassonne) は、フランス南部のオクシタニー地域圏ラングドック地方に属するオード県の県庁所在地である。カルカッソンヌとも表記する[1]。
| Carcassonne | |
|---|---|
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![]() | |
| 行政 | |
| 国 |
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| 地域圏 (Région) | オクシタニー地域圏 |
| 県 (département) | オード県 |
| 郡 (arrondissement) | カルカソンヌ郡 |
| 小郡 (canton) | 4 |
| INSEEコード | 11069 |
| 郵便番号 | 11000 |
| 市長(任期) |
ジェラール・ララ (2014年-2020年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Carcassonne Agglo |
| 人口動態 | |
| 人口 |
47 068人 (2012年) |
| 人口密度 | 723人/km2 |
| 住民の呼称 | Carcassonnais |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯43度12分47秒 東経2度21分07秒 |
| 標高 |
平均:111m 最低:81m 最高:250 m |
| 面積 | 65,08km2 (6508ha) |
![]() Carcassonne | |
| 公式サイト | http://www.carcassonne.org/ |
古代ローマ時代には要塞に囲まれた都市機能の基盤が形成され、中世にはさらに外側にもう一重の要塞が建設されて、この二重の防備が施された丘の上の城塞都市であるシテ(cité, またはville haute)を核として、オード川をはさんで展開した下街(ville basse)との二層の区域が合わさって発展した欧州最古の城塞都市である。
シテを覆う城塞は19世紀に建築家のウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュクにより修復されており、シテは「歴史的城塞都市カルカソンヌ」の名で1997年にユネスコの世界遺産に登録された。約40人が暮らす。
街の名前カルカソンヌは、カール大帝がこの都市の攻略をあきらめ退散するときに、当時街を治めていたカルカス (Carcas) が勝利の鐘を鳴らした (sonner) ことに由来するという伝説がある。またこのときに篭城した市民が家庭に残っていた食材である豆、雑穀、豚や腸詰や鴨などの鳥獣肉を持ち寄りまとめて大鍋に入れ煮込んだものがカルカソンヌの名を冠したカスールという鍋料理:カスレのルーツになったと言われている。
人口統計
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1962年 | 40897人 |
| 1968年 | 43616人 |
| 1975年 | 42154人 |
| 1982年 | 41153人 |
| 1990年 | 43470人 |
| 1999年 | 43950人 |
| 2008年 | 47634人 |
| 2013年 | 46724人 |
参照元:1962年から1999年までは複数コミューンに住所登録をする者の重複分を除いたもの。それ以降は当該コミューンの人口統計によるもの。1999年までEHESS/Cassini[2]、2004年以降INSEE[3][4]。
防衛拠点
Cinq fils de Carcassonne(カルカソンヌの5人息子)と呼ばれる難攻不落の支城を持つ[5]。
- アギラール城
- ペルペルテューズ城
- ピュイローランス城
- ケリビュス城
- テルム城
脚注
- “デジタル大辞泉の解説”. コトバンク. 2018年3月24日閲覧。
- http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=6912
- http://www.statistiques-locales.insee.fr
- http://www.insee.fr
- “5分でわかるカタリ派の城”. jp.france.fr. 2022年11月14日閲覧。
関連項目
- カタリ派
- 公妃カルカス
外部リンク
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