カルバラー
カルバラー (アラビア語: كربلاء; Karbalāʾ)は、イラク中部カルバラー県の都市で、イスラム教シーア派の聖地。カルバラとも表記され、ケルベラーあるいはケルベラ[1][2]とも表記される。首都バグダードの南西にあり[3]、ユーフラテス川に面す。2014年の人口は690100人。
| カルバラー كربلاء Karbala | |
|---|---|
![]() カルバラーのモスク | |
| 位置 | |
![]() カルバラー カルバラー (イラク) ![]() カルバラー カルバラー (中東) | |
| 座標 : 北緯32度37分 東経44度2分 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 県 | カルバラー県 |
| 市 | カルバラー |
| 地理 | |
| 面積 | |
| 市域 | ? km2 |
| 標高 | 36 m |
| 人口 | |
| 人口 | (2014年現在) |
| 市域 | 690,100人 |
| その他 | |
| 等時帯 | AST (UTC+3) |
| 夏時間 | なし |
ヒジュラ暦61年のアーシューラーの日に、シーア派の第3代イマームとされるフサインが殉教した場所で、フサインの墓廟(写真)が建てられ、シーア派の人々の巡礼が絶えない聖地となっている。
フサインの墓廟に隣接してシーア派のマドラサ(宗教学校: ホウゼ)があり、イラクにおけるシーア派ウラマー(イスラム法学者など)が集まるシーア派の学問の中心都市でもある。
サッダーム・フセイン政権では、シーア派のイラン人の入国が厳しく制限されていたが、イラク戦争でフセイン政権が崩壊した後は年間100万人の巡礼者が来るようになった。そのため治安情勢の懸念から外国人がほとんど来なくなったイラクの都市の中で経済が良くなった。
脚注
- “Kerbela”, The Encyclopaedia Britannica (11th ed.), New York: Encyclopaedia Britannica, (1910), OCLC 14782424
- カルバラー とは - コトバンク
- アンソニー・テイラー『世界の聖地バイブル : パワースポット&スピリチュアルスポットのガイド決定版』ガイアブックス、産調出版、73ページ、2011年、ISBN 978-4-88282-780-1
関連項目
外部リンク
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