カンダハール国際空港
カンダハール国際空港(カンダハールこくさいくうこう、パシュトー語: د کندهار نړيوال هوايي ډګر、英: Kandahar International Airport)は、アフガニスタン南西部、カンダハール州カンダハール市内に位置する国際空港。
| カンダハール国際空港 パシュトー語: د کندهار نړيوال هوايي ډګر Kandahar International Airport | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() | |||||||||
| IATA: KDH - ICAO: OAKN | |||||||||
| 概要 | |||||||||
| 国・地域 |
| ||||||||
| 所在地 | カンダハール州カンダハール | ||||||||
| 種類 | 軍民共用 | ||||||||
| 運営者 |
運輸民間航空省 アフガニスタン空軍 確固たる支援任務 | ||||||||
| 運用時間 | 不明 | ||||||||
| 標高 | 1,017 m (3,338 ft) | ||||||||
| 座標 | 北緯31度30分21秒 東経65度50分52秒 | ||||||||
| 公式サイト | kandaharairport.com | ||||||||
| 地図 | |||||||||
![]() KDH/OAKN | |||||||||
| 滑走路 | |||||||||
| |||||||||
| リスト | |||||||||
| 空港の一覧 | |||||||||
概要
20世紀末のアフガニスタン内戦では、1994年8月にカンダハールはターリバーン最初期に占領された都市となったことから、事実上、タリバーン側の国際空港となった。その後、2001年12月には、アメリカ合衆国によるアフガニスタン侵攻の激戦地となり、同年12月14日にアメリカ海兵隊が空港を制圧。以後、アメリカ軍とカナダ軍が駐留する、テロ対策のためのカンダハール空軍基地 (Kandahar Airfield) となった。2021年にはアメリカ軍の撤退が行われた。
2021年ターリバーン攻勢により、同年8月13日までにターリバーンが空港を含めたカンダハール市内を制圧[1]。8月15日に政権が崩壊すると、8月17日にはターリバーンの創設者で副指導者であるアブドゥル・ガニ・バラダルがカンダハール国際空港を使用して帰国した[2]。
就航航空会社と就航都市
脚注
- “タリバン、アフガン第2の都市制圧と発表”. AFP (2021年8月13日). 2021年8月12日閲覧。
- “タリバン共同創設者、アフガンに帰国”. AFP (2021年8月18日). 2021年8月18日閲覧。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.

