カヴァス

カヴァスウェールズ語: cauall ヘルゲストの赤本ルゼルフの白本; 現代綴り:Cafall[1]; 発音:/kaˈvaɬ/; ラテン語: Cabal, 異綴り CaballK写本[2])は、アーサー王の名。元来は、馬のことだったとも考察される。

カヴァスは、マビノギオンの一話『キルッフとオルウェン 』に登場するアルスル(アーサー王)の犬の名で、巨大なトゥルッフ・トゥルウィス や他の猪の狩猟犬として活躍した。
このカヴァスは、アーサー一番のお気に入りの犬で、シカ狩りのときには、他の全部の犬より後回しに、最後に解き放つのが習わしであった(『エルビンの息子ゲライントの物語』)[3]

ラテン語ではカバルとつくり、戦士アーサーのその犬がトロイントというイノシシ狩りで足跡を岩に残したと、史書『ブリトン人の歴史』(9世紀)に補遺された「奇蹟」の部に伝わっている。

ブリトン人の歴史

『ブリトン人の歴史』(原文ラテン語。9世紀?)に付随する「ブリタニアの奇蹟」の部(多くの写本では作品の一部として綴られている[4])は、じっさいは補完部分であるものの[5]、原書とほぼ同時代の成立(9世紀初頭)とされている[6][7][8]。この「ブリタニアの奇蹟」にも、のちのウェールズの『マビノギオン』の枝篇『キルッフとオルウェン』のイノシシ狩りの題材が見つかっている[9][10][4]

この史書によれば、戦士アーサー[12](アーサー王)の飼犬「カバル」(≒カヴァス)は、トロイント[13]≒トゥルッフ・トゥルウィス)という猪を追っていて、ある石の表面に足跡のしるしを残した[9][4]

以下、引用文の訳出である:

ウェールズのカルン・カヴァスの岩の足跡。ゲスト夫人編訳『マビノギオン』(1849年)より
更なる奇蹟が、ブエルト(≈ビエスト旧地区)[注 1]という地域にある。石が山積みになっているが、そのてっぺんには犬の足跡のある石が置かれている。戦士アーサーの犬カバルが、トロイント(改め→トロイト[14])という猪を追ったとき、石に押し刻まれた足跡だとされる;後にアーサーは自分の飼い犬の足跡がついた石の下に、集めた石を積んで墳丘(石塚)をつくった。これを「カルン・カバル」と呼ぶ[15]。人々が[その足跡の]石を持ち去っても一昼夜たつと、翌日には石塚のてっぺんに戻ってしまう[16]『ブリトン人の歴史』73章[17][18]

「カルン・カバル」というのは「ケアン」(cairn)と称する、太古の積石の墳丘(石塚)を指す[19]

地理的考察

シャーロット・ゲスト(1849年)の時代には、この「カルン・カバル」(ウェールズ語風だとカルン・カヴァル)という名跡の実在が知られており、知人に頼んで現地取材しその「足跡」の石を模写させた画を編訳本の巻末注に掲載している(上図参照)[注 2]。古書にみえる「ブエルト」地域だが、実在の山も「ブイス Buith」と呼ばれる旧地区に所在し、これは中世ウェールズの頃に「ビエスト Buellt」と呼ばれたカントレヴの名残りをとどめるものである。ラアアデルより南に見える山である、と伝えている[20]

ブリンリー・F・ロバーツの説明によれば、近年ではカーン・ガファルトという山名で知られるという。その説明ではビルス・ウェルスの町からラアアデルの町の道のりのあいだにあるという[19]。たしかにビルス・ウェルスは、『奇蹟』でいうブエルトという地名の名残をとどめる町名ではある[21]。ところが山はラアアデルの町(在ラドノーシャー州、歴史的州名)とビルス・ウェルス(在ブレックノックシャー州)のうち[22]、前者のほうにより近い[注 3][注 4]

ただ、このカーン・ガファルト山が正しい場所かは確定できない、とも意見される[21]。森野聡子は"アーサーが、南ウェイルズはブラック・マウンティンの山中で猪狩りをした"とき(ブラック山ブラック山地)の故事だと解説している[注 5]

キルッフとオルウェン

上述の単純明快な狩猟伝説と異なり、中世興隆期のウェールズ語の物語『キルッフとオルウェン』では、多くの試練がくわわって、いりくんだ筋書きになっている。主人公キルッフは、巨人の長イスバザデンの娘に求婚し、巨人の長が交換条件として提示する、いわば結納品、すなわち長々と羅列される「難業」の数々のなかに、猪狩りも含まれており、キルッフは親戚のアルスル王(アーサー王)に頼み込み、大人数を総動員させて事を成す。

狩猟犬はカヴァス以外にも、複数の名のある犬が連れられ、獲物は本命の猪トゥルッフ・トゥルウィス以下、その七頭の子猪(名前あり)が牙をむき、また、これらとは別に猪の長エスキスエルウィンという一頭も仕留めねばならない。

猪の長エスキスエルウィン

『キルッフとオルウェン』の物語で、猪の長エスキスエルウィンは、アルスル王ひきいる一団の標的のひとつで、その生牙を、生きながらにして引っこ抜かねば、巨人の長イスバザデンのひげを剃る役には立てないと言い渡されていた。

この狩りには、アルスル王の犬カヴァスが参加し、この犬がエスキスエルウィンを倒した(少なくとも絶体絶命の場においつめた)とされている。この猪は、プリダインのカウ(ウェールズ語: Cau; 「カイ」とも発音できるが、カイ卿 Cei とまぎらわしくなる。)が、アルスルの牝馬スァムライを拝借して乗り、手斧でこの猪の頭をかち割る。物語の語り手は、巨人がこの狩りに必要であろうと予言した犬ではなく、カヴァスが役目を果たした、と注釈している。

この後、「ベドウィル(ベディヴィア卿)がアルスル御自身の犬カヴァスを引いてゆき、」[24]、他の猟犬に混じって、大猪トゥルッフ・トゥルウィスとその子猪らを狩りに行くのだが、そちらでカヴァスが果たした役割は明記されていない。

犬のリスト

『キルッフとオルウェン』に登場する、アルスル一行の狩猟犬、または目的達成のために一行に加わった犬には、以下が含まれる:

  • 雌犬リムヒ(Gast Rhymhi)が生んだ二匹の(狼の?)仔犬たち[25][26]
    • グウィドリトとグウィディン・アストリス(Gwyddrud & Gwyddneu Astrus)。アルスルの宮仕えの者として紹介されているが、これが実は上の二匹の仔犬(仔狼)の名前だという説がある[27][28]
  • アネトとアイスレム (Aned & Aethlem) [29][30]
  • グラス、グレイシック、グレイサット(Glas, Glessic, Gleisad)[31][34][注 6]は、キリッズ・キヴルフの三人息子ブルッフ、キヴルッフ、セヴルッフ(Bwlch, Kyfwlch, & Sefwlch)が所有。
  • ドゥルトウィン (Drudwyn) [38][39]は、エリの息子グライトの仔犬。
  • グリスミル・レデウィクの二犬 (Glythmyr Ledewic~)[40]/グリスヴィル・レデウィグ(Glythfyr Ledewig)の二犬[41]

馬のカヴァス

前述のキリッズ・キヴルフの三人息子の持ち物には、カス、クアス、カヴァス(Call, Cuall, and Cafall)という三頭の馬も登場する。つまり、カヴァスというのは馬名でもあるのだ。(ただし、ゲスト夫人役では上述の「グラス、グレイシック、グレイサット」は三本の剣名とされていて、カス、クアス、カヴァスは、三匹の犬と解される。)

語源

イヴォル・ウィリアムズは、古ウェールズ文学における、"cafall"という語の使用について追究をした[42]

このカヴァス(Cavall)という犬名が、「馬」を意味するラテン語: caballusに近似していることは、大勢の学者や一般読者がつとに気づいている点であるが、例えば R. J. Thomas による1936年の学術文にその例があり、そこではコナル・ケルナハの犬頭の馬と関連付けている[43].

レイチェル・ブロムウィッチも、carnという語には、「ケアン(石積)」と「(ひづめ)」の二重の意味があるので、カバル/カヴァスというのは、本来アルスルの犬ではなく馬をさしていた可能性が高かろう」[44]と意見している。

注釈

  1. ゲスト女史いわく、厳密には「ブイス Buith」と呼ばれる旧地区であり、ビエスト(Buellt)という中世の区域の名残である。以下、本文で詳述。
  2. ゲスト女史の編訳本は、ハーレー 3859 写本からとられたラテン原文のファクシミリも掲載している。
  3. 現在の行政地区上は、ラアアデルの町もポーイス[4](の中央部)にあり、後者もまたしかりである。
  4. また、山の目印となるラアアデル町は、かろうじて南ウェールズだが、南と北の境、中央ウェールズなどとも解説される。
  5. これはゲスト女史の知る「カルン・カヴァル Carn Cavall」(現今のCarn Gafallt)よりかなり南と東になる。ただしゲスト女史が推察するに、伝説の猪は「カルン・カヴァル」や「ブレコン山地」を突っ切ったろうとしており、後者をブレコン・ビーコンズとするならば、その東の部分はブラック山地に該当する。猪を追って、やがてワイ川セヴァーン川に注ぐチェプストウあたりまで行っただろうとしている[23]
  6. しかし剣名("grinding gashers")だとするのが、ゲスト女史の解釈で[35]、これに校訂的な近年意見も見られる[36][37]

資料

脚注

  1. Jones & Jones trr. (1993), pp. 107, 110, 199.
  2. Mommsen (1898), p.217 第23行の異読み脚注。この部分の編集に使われた写本は、略号CDGHKLQらの写本。
  3. Guest ed., tr. (1849), p. 87.
  4. Higham, Nicholas J. (2018). King Arthur: The Making of the Legend. Yale University Press. pp. 204–207. ISBN 9780300240863. https://books.google.com/books?id=dn11DwAAQBAJ&pg=PA204
  5. Stevenson (1838), p. 56, note 3 "De mirabilibus Britanniæ. Although this apparently forms no part of the original work of Nennius..."
  6. Chadwick, H. Munro; Chadwick, Nora K. (2010). The Growth of Literature. Cambridge University Press. pp. 210n1. ISBN 9781108016148. https://books.google.com/books?id=lA8QOhxzl14C&pg=PA210
  7. Kasten, Ingrid (2020). “1 The Western Background”. In Jackson, W. Henry; Ranawake, Silvia A.. The Arthur of the Germans: The Arthurian Legend in Medieval German and Dutch Literature. Cardiff: University of Wales Press. p. 22. ISBN 9781786837370. https://books.google.com/books?id=yWwDEAAAQBAJ&pg=PA22
  8. Geoffrey Ashe. "Nennius", in: Lacy, Norris J., ed., The Arthurian Encyclopedia, Peter Bedrick Books, 1986, pp. 404–406: "The appendix of Mirabilia ("Marvels") may be a little later than the rest of the book, but not much " (p. 406)
  9. 森野 (1991), pp. 87–88.
  10. Guest ed., tr. (1849), pp. 358–360.
  11. 森野 (1991), p. 104.
  12. このラテン語の記述は、アーサーのことを王ではなく一介の戦士(miles)とするなど、古い年代の記述の痕跡をとどめている[11]
  13. 森野 (1991), p. 90.
  14. Fletcher, p. 320: "Two names in the Mirabilia should be replaced by better variant readings, Troynt by Troit, and Anir by Amr"
  15. 森野 (1991), p. 88.
  16. 森野 (1991), p. 88: "カルン・カバル(Carn Cabal)と呼ばれている。不思議なことに、その石は、誰かが持ち去っても、必ずもとに戻っているのだという。"
  17. ウィキソース出典  (英語) Wonders of Britain, Ch. 73, ウィキソースより閲覧, "There is another marvel in the region which is called Buelt.."
  18. Guest tr. (1877), notes to Kilhwch and Olwen, p. 289, translated from Stevenson (1838), §73
  19. Roberts (1991), p. 90: "Carn Cabal is a cairn.. now.. Corn Gaffalt, a hill.. in north Brecknockshire, between Rhaeadr [i.e., Rhayader, Radnorshire] and Builth Wells.
  20. Guest ed., tr. (1849), p. 359: "a mountain in the district of Builth, to the South of Rhayader Gwy[i.e., on the River Wye], and within sight of that town" とあり、p. 360 には情報源から得た書簡を引用する: "Carn Cavall..generally pronounced Corn Cavall, is a lofty and rugged mountain, in the upper part of the district anciently called Buellt, now written Builth, in Breconshire".
  21. Ashe, Geoffrey [in 英語] (2013) [1996]. "Topography and Local Legends". In Lacy, Norris J. [in 英語]; Ashe, Geoffrey [in 英語]; Ihle, Sandra Ness; Kalinke, Marianne E.; Thompson, :en:Raymond H. [in 英語] (eds.). The New Arthurian Encyclopedia: New edition. Routledge. p. 456. ISBN 9781136606335. Buelt in central Wales, where Builth Wells preserves the name
  22. 編者フレッチャーの註もラテン地名"Buelt"について、Fletcher (1906), p. 15, n5: "Brecknock-Radnor"と注釈する。
  23. Guest ed., tr. (1849), pp. 364–365: "..across Carn Cavall and the Brecon Mountains to Abergwy [the mouth of the Wye], where the Wye falls into the Severn below Chepstow".
  24. Guest ed., tr. (1849),p311 / a bedwyr a chauall ki arthur ynyl w ynteu. p.239
  25. Guest ed., tr. (1849), pp. 266, 301 / gast rymi p. 210, gast rymhi p. 235
  26. Jones & Jones trr. (1993), pp. 88, 105, "two whelps of the bitch Rhymhi"
  27. Bromwich & Evans (1992)編本 Culhwch, p. 100, 146n: Gwydrut a Gwyden Astrus。物語中で、狼の家族は、神の慈悲で人間の姿を取り戻すとされるが、それがキルッフの婚姻譚とどうかかわるのが不明である。
  28. Stephens, Meic [in 英語] (1998). "Rhymhi". The New Companion to the Literature of Wales. Cardiff: University of Wales Press. p. 634. ISBN 9780708313831
  29. Guest ed., tr. (1849),p 290, 316 / "anet ac aethlem", p.227, 246
  30. Jones & Jones trr. (1993), pp. 100, 112.
  31. Bromwich & Evans (1992), p. 27: "Glas , Glessic , Gleissat , eu tri chi; Call , Cuall , Cauall , eu tri meirch"
  32. Jones & Jones trr. (1993), p. 89,100.
  33. Kibler, William W.; Palmer, R. Barton, eds (2014). “Arthur in Early Wales/Culhwch and Owen. Medieval Arthurian Epic and Romance: Eight New Translations. Jefferson, NC: McFarland. pp. 73, 74, 82, 89, (94, 96). ISBN 978-0-7864-4779-4. https://books.google.com/books?id=MFmDBAAAQBAJ&q=Cafall
  34. 犬名とするのは上記のブロムウィッチの編本以外にも、現代訳のジョーンズ&ジョーンズ訳: "Glas, Glesig Gleisad, their three dogs"[32]、デイヴィス訳"Glas [Grey], Glesig, Gleisad [Salmon]--their three dogs. Call [Clever], Cuall [Quick], Cafall [Steed]--their three horses"[33]等。
  35. Guest ed., tr. (1849))は原文 pp. 211, 227; 英訳 pp. 267, 291 "three grinding gashers, Glas, Glessic, and Clersag. Their three dogs, Call, Cuall, and Cavall. Their three horses, Hwyrdydwg, and Drwgdydwg, and Llwyrdydwg"
  36. The Mabinogion. Penguin UK. (2003). fn71. ISBN 9780141920467. https://books.google.com/books?id=VatVpD7AJBgC&pg=PT327
  37. Tunnell, Michael O. [in 英語] (2003). "Glessic (GLES-sik), Prince". The Prydain Companion: A Reference Guide to Lloyd Alexander's Prydain Chronicles. Henry Holt and Company. p. 107. ISBN 9781429960007
  38. Guest ed., tr. (1849), p 286, 303,306 / drutywyn, p.225, 236, 237
  39. Jones & Jones trr. (1993), pp. 98, 106, 110.
  40. Guest ed., tr. (1849), p.306, 311 / deu gi glythmyr lewic, glythuyr ledewic, letewic, p.238,242,
  41. Jones & Jones trr. (1993), pp. 89, 100.
  42. Bromwich & Evans (1992), p. 153, では、Ifor Williams が、その各編本 『Canu Aneirin』(CA、1938年) 1203行、『Canu Llywarch Hen』(CLlH、1935年), vii, 22a において、古詩におけるウェールズ語 cafall (<ラテン語caballus)の用例について追究したと指摘する。また、Ifor Willimams 編 『Poems of Taliesin』(PT, 38n ではcaffonの用例。
  43. "..that the name Cabal is from Latin caballus 'horse', which he considers a quite natural metaphor since the dog was strong and swift, and he compares the horse of Conall Cernach which had a dog's head"; Ford, Patrick K. (1982), “On the Significance of some Arthurian Names in Welsh” (snippet), Bulletin of the Board of Celtic studies 30: 268, https://books.google.co.jp/books?id=GoNnAAAAMAAJ, summarizing from R. J. Thomas, "Cysylltiad Arthur a Gogledd Cymru", BBCS viii (1936), 124-5)
  44. Bromwich & Evans (1992), p.153, "Since carn means both 'hoof' and 'cairn' it seems more probable that Cabal/Cafall originally designated Arthur horse.. rather than his hound."

参考文献

関連項目

  • ユダン–『トリスタン=イズー物語』の猟犬
  • プチクリュ (Petitcru)–『トリスタン=イズー物語』の愛玩犬
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