ガイウス・アティリウス・ブルブス

ガイウス・アティリウス・ブルブス(ラテン語: Gaius Atilius Bulbus、生没年不詳)は紀元前3世紀中期の共和政ローマの政治家・軍人。紀元前245年と紀元前235年に執政官(コンスル)を、紀元前234年には監察官(ケンソル)を務めた。


ガイウス・アティリウス・ブルブス
C. Atilius A.f. A.n. Bulbus
出生 不明
死没 不明
出身階級 プレブス
氏族 アティリウス氏族
官職 執政官(紀元前245年、紀元前235年)
監察官(紀元前234年)

出自

プレブスであるアティリウス氏族の出身。父も祖父もプラエノーメン(第一名、個人名)はアウルスである[1]。

経歴

最初の執政官(紀元前245年)

紀元前245年、ブテオは執政官に就任。第一次ポエニ戦争の21年目の年であり、同僚執政官はマルクス・ファビウス・ブテオであった。この年に大きな戦闘は記録されていない。

二度目の執政官(紀元前235年)

10年度の紀元前235年、ブテオは二度目の執政官に就任、同僚執政官はティトゥス・マンリウス・トルクァトゥスであった。ティトゥス・リウィウスはトルクァトゥスによってヤヌス神殿の扉が閉じられたとしている。この神殿の扉は戦時には開き、平和時には閉じることとなっていたが、第三代ローマ王トゥッルス・ホスティリウスが扉をあけて以来、400年間開いたままであった[2]。但し、ヤヌスの扉を閉めたのは、紀元前241年の執政官アウルス・マンリウス・トルクァトゥス・アッティクスで、第一次ポエニ戦争の終結を記念してのものとの説もある。

監察官(紀元前234年)

紀元前234年には監察官に就任。同僚はアウルス・ポストゥミウス・アルビヌスであった。紀元前236年の先代はクィントゥス・ルタティウス・ケルコが任期中死去したためルーストルム (ケンソルの任期終了時に行われる清めの儀式) を行わなかったが、この代では40回目のルーストルムが行われている[1]。

脚注

参考資料

関連項目

公職
先代
マニウス・オタキリウス・クラッスス、
マルクス・ファビウス・リキヌス
執政官
同僚:マルクス・ファビウス・ブテオ
紀元前245年
次代
アウルス・マンリウス・トルクァトゥス・アッティクス、
ガイウス・センプロニウス・ブラエスス II
先代
プブリウス・コルネリウス・レントゥルス・カウディヌス、
ガイウス・リキニウス・ウァルス
執政官
同僚:ティトゥス・マンリウス・トルクァトゥス
紀元前235年
次代
ルキウス・ポストゥミウス・アルビヌス I、
スプリウス・カルウィリウス・マクシムス・ルガ
先代
ルキウス・コルネリウス・レントゥルス・カウディヌス、
クィントゥス・ルタティウス・ケルコ
紀元前236年
監察官
同僚:アウルス・ポストゥミウス・アルビヌス
紀元前234年 XL
次代
ティトゥス・マンリウス・トルクァトゥス、
クィントゥス・フルウィウス・フラックス
紀元前231年
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