ギーゼラ・フォン・バイエルン

ギーゼラ・フォン・バイエルン(ドイツ語:Gisela von Bayern, ハンガリー語:Bajorországi Gizella, 985年頃 - 1060年/1065年)は、ハンガリー王イシュトヴァーン1世の妃。カトリック教会の福者。

ギーゼラ・フォン・バイエルン
Gisela von Bayern
ハンガリー王妃
在位 997年 - 1038年

出生 985年頃
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、バイエルン公領、レーゲンスブルク近郊
死去 1060/65年
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、バイエルン公領、パッサウ
埋葬 ハンガリー王国の旗 ハンガリー王国、ヴェスプレーム
結婚 995年頃
配偶者 ハンガリー王イシュトヴァーン1世
子女 オットー
イムレ 他
家名 リウドルフィング家
父親 バイエルン公ハインリヒ2世
母親 ギーゼラ・フォン・ブルグント
福者 ギーゼラ・フォン・バイエルン
列福日 1975年
列福決定者 パウロ6世

生涯

バイエルン公ハインリヒ2世と妃ギーゼラ(ブルグント王コンラートの娘)の子としてレーゲンスブルク近郊で生まれた。995年(または1008年)にイシュトヴァーン1世と結婚。ハンガリーの政治を西方に開き、キリスト教化を推進するきっかけとなった。王との間には少なくとも3人の子をもうけているが、のちに聖人とされたイムレを含めて若くして先立たれた。

彼女は尊敬を集める生活をおくり、ハンガリー人のキリスト教化を助けた。夫の死後、ハンガリーから離れることを余儀なくされた。晩年はパッサウ近郊のニーデルンブルクにある女子修道院で暮らし、そこで死んだ。彼女の墓は聖なる場所として有名である。

ギーゼラの列聖の試みは18世紀になされたが失敗した。1975年、列福された。

ギャラリー

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