クィクィルコ

クィクィルコ(Cuicuilco)は、メキシコ盆地南西部(今のメキシコシティ南部)にある先古典期の遺跡。最盛期にはテオティワカンをしのぐメキシコ盆地最大の都市だったが、たび重なる火山の噴火によって放棄された。多数の神殿ピラミッドがあり、とくに4層の円形ピラミッドがよく知られる。

クィクィルコ
円形ピラミッド
クィクィルコの位置(メソアメリカ内)
クィクィルコ
遺跡の位置
所在地 メキシコメキシコシティトラルパン
座標 北緯19度18分06秒 西経99度10分54秒
種類 定住地
歴史
時代 形成期

遺跡

先古典期のメキシコ盆地はテオティワカンの編年でサカテンコ期(800-650BC)、ティコマン期(650-150BC)、パトラチケ期(150BC-1AD)、ツァクァリ期(1-150AD)に区分される[1]。クィクィルコは紀元前800年ごろのサカテンコ期に定住がはじまり、円形ピラミッドもこのころに建造がはじまった。ピラミッドはその後4回にわたって増改築が行われた[2]。円形ピラミッドの高さは20メートル、直径は約80メートルだった[3]

パトラチケ期にテオティワカンではまだ大規模建築が存在していなかったが、クィクィルコは最大面積4平方キロメートル、2万人以上の人口を擁していた[4]

西暦70年ごろにポポカテペトル山が大噴火し、これによってメキシコ盆地南部は壊滅的な被害を被った。噴火の影響もあってクィクィルコは衰退していき、かわってテオティワカンがメキシコ盆地最大の都市に急成長した。またトラランカレカ(Tlalancaleca)やチョルーラの人口も増加した[5]。その後150年ごろにはチチナウツィン、275年ごろにシトレ火山 (Xitle) が噴火し、クィクィルコはいっそう衰退した[6]。とくにシトレ火山の噴火によって5メートルから8メートルに達する大量の溶岩がクィクィルコに流れこんだ[7]

クィクィルコでは後にウェウェテオトルと呼ばれる神やトウモロコシの神を崇拝するための土器や土偶の出土がめだつ[8]

脚注

参考文献

  • 青山和夫; 猪俣健『メソアメリカの考古学』同成社〈世界の考古学 2〉、1997年。ISBN 4886211534。
  • 村上達也; 嘉幡茂 著「メキシコ中央高原文化―テオティワカンからトルテカ」、伊藤伸幸監修、嘉幡茂・村上達也 編『メソアメリカ文明ゼミナール』勉誠出版、2021年、103-153頁。ISBN 9784585222965。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.