クスレッド (ウェセックス王)
クスレッド(Cuthred または Cuþræd、古英語:CVÞRED VVESTSEAXNA CYNING、羅: CVÞRED REX SAXONVM OCCIDENTALIVM)はウェセックスの王と列せられている人物。在位は754年までとされるが、在位の始まりは740年[1]、または739年(ダーラムのシメオンによる記述)、あるいは741年(ウースターのジョンによる記述)と記されている。彼は前王エゼルヘルドと親類とみなされており、兄弟であったともされる。
| クスレッド Cuthred / Cuþræd | |
|---|---|
| ウェセックス王 | |
| 在位 | 739/41年 - 754年 |
生涯
クスレッドが王となった時、隣国マーシアは最盛の時代であった。当時ウェセックスとマーシア間で紛争がしばしば起こっていたものの、マーシア王エゼルバルドはクスレッドの宗主であったと見受けられ、743年にマーシア王の命によりクスレッドはウェールズ遠征に赴いている[2]。
クスレッドの時代は混乱の時代であった。748年に王位継承者であったキュンリッチが殺害され(ハンティングドンのヘンリーによる記述)、750年には配下のエアルドルマンであったエゼルフン(Æthelhun)が反乱の鎮圧など混迷を極めた[3]。
752年にはバトル・エッジ(Battle-Edge)においてマーシアに対して反乱を起こし、以後マーシアからの独立を果たす事となった。また当時コーンウォールのブリトン人勢力とも753年に戦ったとも伝えられる。
脚注
- アングロサクソン年代記、740年の項。
- アングロサクソン年代記、743年の項。
- アングロサクソン年代記、750年の項。
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