クーガー (競走馬)

クーガー (Cougar 1966年10月16日–1989年6月11日)はチリ生まれの競走馬種牡馬。アメリカに移籍してダート・芝両方で活躍し、1972年のエクリプス賞最優秀芝馬を受賞。馬名の Cougar はピューマのことであり、「Big Cat」の愛称で親しまれ南カリフォルニアで高い人気を誇った[2]アメリカ競馬殿堂馬。なお過去に同名馬がいたのでCougar IIと表記される。

クーガー
現役期間 1969年1973年(現役期間)
欧字表記 Cougar II
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛[1]/Dark Bay/Brown[2]
生誕 1966年10月16日[2]
死没 1989年6月11日[2][3]
Tale of Two Cities [4]
Cindy Lou[4]
母の父 Madara[4]
生国 チリ
生産者 Haras General Cruz[4]
馬主 Perla de Chico Stud
Mary F.Jones
調教師 Alvaro Breque(チリ)
G.A.Riley(米国)
Charles Whittingham(米国)
競走成績
タイトル エクリプス賞最優秀芝牡馬(1972年)
アメリカ殿堂馬
生涯成績 50戦20勝[4]
獲得賞金 $116万9058ドル(ドル換算)[4]
勝ち鞍
GIサンタアニタハンデキャップ1973年
GIセンチュリーハンデキャップ1973年
GIサンセットハンデキャップ1973年

経歴

チリ中部ビオビオ州[注釈 1]ペムコにあるジェネラルクルーズ牧場[5]にて生産され、アルバロ・ブレーケによって調教される[2]

チリ時代

1969年の5月11日にクラブイピコ競馬場 の未勝利戦でデビュー。未勝利3戦目で勝ち上がり、2歳シーズンはこれで終わる。

3歳シーズンは11月1日にチリ競馬場 で行われたハンデ戦に勝利後、同月末の大レースチリ競馬場大賞 (ダート2200m)に出走するが5着。更に12月にヴェネズエラ国立競馬場研究所賞に出走して3着になった。翌年の1月11日にバルパライソ競馬場のダービー前哨戦ファン・ジャクソン賞(芝2200m[注釈 2])で3着になったあと、大一番エルダービー(芝2400m)に挑むがここも3着に終わる。

その後、トンプソン・マシューズ賞(芝2100m)、ビニャデルマール市賞(芝2100m)、パラグアイ共和国賞(ダート2000m)と三連勝してチリセントレジャー (ダート2400m)に挑むが4着。これがチリでの最後のレースとなった。

1970年

その後チリの国内政情が不穏になったので[2]サンタアニタパーク競馬場のアナウンサージョー・ヘルナンデス によって購入され、アメリカへ渡った[2]。アメリカでのデビュー戦は7月デルマー競馬場でのアローワンス(ダート6ハロン)で6着。アローワンスをもう一戦(芝8.5ハロン)したあとにエスコンディードハンデ(芝9ハロン[注釈 3])で1分49秒0のレコードタイムで快勝。アメリカでの初勝利を飾った。次のカブリロハンデキャップ でもこの年のサンタアニタハンデキャップの勝ち馬クイックンツリー にハナ差で勝利。タイム1分58秒0はコースレコードだった[6]

この活躍によりメアリー・ジョーンズ・ブラッドリーにより12万5千ドルで買い取られ、チャーリー・ウィッティンガム厩舎に転厩した[2]

その後、デルマーハンデキャップ で2着になったあと、東海岸ベルモントパーク競馬場に遠征してマンハッタンハンデキャップマンノウォーステークスと二戦するが3着、10着と敗北。ただこの二戦でウィリー・シューメーカーが騎乗し、以降の主戦騎手となる。西海岸に戻ってサンタアニタパークのオークツリーステークス(芝12ハロン[注釈 4])で3着になった後は休養に入る。

1971年

翌1971年1月1日のサンガブリエルハンディキャップ(芝9ハロン[注釈 5])から始動して勝利。さらにサンマルコスハンデキャップ(芝10ハロン[注釈 6])も勝利。2月のサンルイオビスポハンデキャップ(芝12ハロン)で2着になった後に大一番サンタアニタハンデキャップ(ダート10ハロン)に挑む。

このレースではシューメーカーは一番人気のアックアックに騎乗したために二番人気のクーガーにはラフィット・ピンカイ・ジュニアが騎乗した。レースはアックアックが最初から快調に逃げ、直線でクーガーが追い込んでくるもののそのままアックアックが逃げ切って勝利。クーガーはアックアックから1馬身半差離れた2着に敗れた。

その後、サンフアンカピストラーノインビテーショナルハンデキャップ(芝14ハロン)で勝利。ハリウッドパーク競馬場に移ってセンチュリーハンデキャップで3着になった後にカリフォルニアンステークス(ダート8.5ハロン)に勝利。さらにハリウッド招待ハンデキャップ(芝12ハロン[注釈 7])では前年の年度代表馬フォートマーシーにクビ差で競り勝って勝利。

ここで再び東部に遠征し、ニュージャージー州アトランティックシティ競馬場でユナイテッドネイションズハンデキャップ(芝9.5ハロン[注釈 8])に出走するも6着。続けてベルモントパークのウッドワードステークスに出走、5馬身差を付けて1位入線したものの3着降着[3]

サンタアニタに戻ってオークツリー招待(オークツリーステークスからこの年に改名された。)で勝利。1971年は12戦6勝の成績だった。

1972年

2月に始動して、サンパスカルハンデキャップ サンアントニオハンデキャップ を2着・3着としたあとに2回目のサンタアニタハンデに挑む。

クーガーは126ポンドを背負って1.9倍の1番人気。サンアントニオハンデで2着だったトリプルベンド が119ポンドで二番人気。サンアントニオハンデの勝ち馬アンコンシャスが127ポンドのトップハンデて三番人気だった。レースはスタートでアンコンシャスが飛び出し、トリプルベンドが二番手追走。クーガーはスタートで失敗したが徐々に持ち直し、直線で追い込んだもののスムーズにレースを進めていたトリプルベンドに追い付けずアタマ差の2着となった。

その後も前年と同じローテーションを選択、サンフアンカピストラーノインビテーショナルハンデキャップでは2着だったが、前年3着だったセンチュリーハンデで2分11秒フラットの全米レコードで勝利。更にカリフォルニアンステークスでも勝利して連覇達成。

ハリウッド招待ではタイプキャストの3着だったがカールトンF・バークハンデキャップ ・オークツリー招待と連勝で1972年を終えた、9戦4勝2着3回3着2回という安定した成績が評価されてこの年より始まったエクリプス賞最優秀芝馬を受賞した(芝だけだと5戦3勝2着1回3着1回)。

1973年

この年からアメリカでグレード制が導入され、クーガーは最高のグレード1に指定されたサンタアニタハンデから始動した。

シューメーカーが負傷していたため再びピンカイ・ジュニアが騎乗した[7]。クーガーが126ポンドのトップハンデで2.5倍の一番人気。前年のオークツリー招待3着馬でマリブステークス(G2)等の勝ち馬のビッカーが二番人気。六番人気に同厩舎のケネディロード (競走馬)がいた。

レースはケネディロードがスタートから逃げ、スタートで失敗したクーガーは6番手から徐々に順位を上げていく。粘るケネディロードに外からクーガーが襲いかかり、ほとんど並んだところでゴール。写真判定の結果、ハナ差でクーガーの勝利。3回目のサンタアニタハンデ挑戦にして待望の勝利となった。

その後、サンルイレイステークス(G1、芝12ハロン[注釈 9])に出走したがサンタアニタハンデで5着だったビッグスプルース から13馬身差を付けられての3着に完敗、続くサンフアンカピストラーノハンデ(G1)でシューメーカーが復帰するもののここでも3着。

三度ハリウッドパークに移ってセンチュリーハンデ(G1)に出走。ここはレイクサイドハンデキャップ(G2)などの勝ち馬ウインクアウトに3と2分の1馬身差を付けて快勝。この勝利によりアメリカ史上11頭目の100万ドルホースとなった。アメリカ以外の国出身としては史上初[2]

ハリウッド招待(G1)に出走するがセンチュリーハンデで3着だったライフサイクルが勝利、クーガーは3着。更に初めてハリウッド金杯(G1)に出走するがケネディロードの3着。

そしてサンセットハンデ(G1)に出走し、ここではライフサイクル、ケネディロードに逆襲して勝利した。

ここで三度東海岸ベルモントパークで行われるマールボロカップインビテーショナルハンデキャップ(格付け無し、ダート9ハロン)への遠征の話が出た。

元々このレースはこの年に三冠を達成したセクレタリアトと前年の二冠馬リヴァリッジマッチレースの場として企画されたのだが、同馬主・同厩舎の両馬のマッチレースに公正性の点でクレームが付いたため2頭以外の馬も出走させることで公正性を担保することにしたのである。

セクレタリアトとリヴァリッジのカップリングが一番人気、クーガーとケネディロードのカップリングが二番人気だった。レースはリヴァリッジが逃げ、クーガーは最後方7番手追走。粘るリヴァリッジをセクレタリアトか突き放して勝利、クーガーはセクレタリアトから5馬身半差の3着に終わる。

ベルモントパークに留まってウッドワードステークス(G1)に出走。セクレタリアトとの再戦となったが伏兵のプルーブアウトが勝利。クーガーは15馬身の3着に完敗した。

このレースをもって現役を引退。種牡馬になった[8]

競走成績

出走日競馬場競走名頭数人気着順騎手斤量(ポンド条件馬場タイム着差1着(2着)馬出展
1969. 5.11クラブイピコメイデン--3着-------[Race 1]
6. 4クラブイピコメイデン--3着-----1 3/4身-[Race 1]
6.22クラブイピコメイデン--1着-------[Race 1]
11. 1チリハンデ戦--1着----1.30.47身-[Race 1]
11.29チリチリ競馬場大賞16頭-5着S.アゾカー52kgダート2200m---A Go Go[Race 1][Race 2]
12.13チリヴェネズエラ国立競馬場研究所賞--3着-------[Race 1]
1970. 1.11バルパライソクラシコフアンSジャクソン--3着-------[Race 1]
2. 1バルパライソエルダービー17頭-3着J.サリナス58Kg芝2400m--Exotico[Race 1] [Race 3]
3. 8バルパライソトンプソンマシューズ賞--1着--芝2100m----[Race 1]
3.29バルパライソヴィーニャデルマール市賞--1着--芝2100m----[Race 1]
5. 9チリパラグアイ共和国賞--1着--ダート2000m----[Race 1]
5.23チリチリセントレジャー6頭-4着S.アゾカー56Kgダート2400m--Burnakoff[Race 1][Race 4]
7.25デルマーアローワンス8頭8人6着W.ラモス113ダート6ハロン-6 1/2身Greco Time[Race 1][Race 5]
8. 1デルマーアローワンス6頭6人4着W.ラモス112T8.5ハロン-4身Over the Counter[Race 1][Race 1][Race 6]
8. 8デルマーエスコンディードH8頭C5人1着F.トロ114芝9ハロンR1.49.01 3/4身(Neurologo)[Race 1][Race 1][Race 7]
8.22デルマーカブリロH7頭C2人1着F.トロ117ダート10ハロンR1.58.0ハナQuicken Tree[Race 1][Race 8]
9. 7デルマーデルマーH6頭4人2着F.トロ120芝11ハロン-ハナDaryl's Joy[Race 1][Race 9]
10. 7ベルモントマンハッタンH13頭1人3着W.シューメーカー-芝11ハロン---Shelter Bay[Race 1][Race 10]
10.17ベルモントマンノウォーS10頭2人10着W.シューメーカー126芝12ハロン--25身Fort Marcy[Race 11]
10.31サンタアニタオークツリーS6頭4人3着F.トロ126芝12ハロン-4 1/2身Daryl's Joy[Race 1][Race 12]
1971. 1. 1サンタアニタサンガブリエルH10頭1人1着W.シューメーカー120芝9ハロン1.52.61 1/4身(Suerteal Cobre)[Race 1][Race 13]
1.23サンタアニタサンマルコスH7頭1人1着W.シューメーカー124芝10ハロン2.02.06身(Staunch Eagle)[Race 1][Race 14]
2.20サンタアニタサンルイオビスポH7頭2人2着W.シューメーカー127芝12ハロン-1/2身Daryl's Joy[Race 1][Race 15]
3.13サンタアニタサンタアニタH10頭2人2着L.ピンカイJr.125ダート10ハロン-1 1/2身Ack Ack[Race 1][Race 16]
4.1サンタアニタサンフアンカピストラーノH7頭2人1着W.シューメーカー126芝14ハロン-2.46.23 1/4身(Try Sheep)[Race 1][Race 17]
5. 1ハリウッドパークセンチュリーH11頭1人4着W.シューメーカー128芝11ハロン-1身Big Shot[Race 1][Race 18]
5.22ハリウッドパークカリフォルニアンS11頭1人1着W.シューメーカー124ダート8.5ハロン1.41.21 1/4身(Master Hand)[Race 1][Race 19]
6.26ハリウッドパークフォードピント招待ターフH8頭1人1着W.シューメーカー127芝12ハロン2.26.4クビ(Fort Marcy)[Race 1][Race 20]
7.26ハリウッドパークサンセットH12頭1人2着W.シューメーカー130芝16F-1/2身Over the Counter[Race 1][Race 21]
9.18アトランティックシティユナイテッドネーションズH11頭1人6着W.シューメーカー126芝9.5ハロン-21身Run the Gantlet[Race 1][Race 22]
10. 2ベルモントパークウッドワードS10頭3人3着W.シューメーカー126ダート10ハロン-1位降着West Coast Scout[Race 1][Race 23]
10.30サンタアニタオークツリー招待S10頭1人1着W.シューメーカー126芝12ハロン2.24.65身(Vegas Vic)[Race 1][Race 24]
1972. 2. 5サンタアニタサンパスカルH8頭1人2着W.シューメーカー128ダート8.5ハロン-1 1/2身Western Welcome[Race 1][Race 25]
2.26サンタアニタサンアントニオS9頭1人3着W.シューメーカー128ダート9ハロン-5身Unconscious[Race 1][Race 26]
3.11サンタアニタサンタアニタH7頭1人2着W.シューメーカー126ダート10ハロン-アタマTriple Bend[Race 1][Race 27]
4. 8サンタアニタサンフアンカピストラーノH9頭1人2着W.シューメーカー127芝14ハロン--3/4身Practicante[Race 1][Race 28]
4.29ハリウッドパークセンチュリーH8頭1人1着W.シューメーカー126芝11ハロン-R2.11.04 3/4身(Unconscious)[Race 1][Race 29]
5.20ハリウッドパークカリフォルニアンS6頭1人1着W.シューメーカー127ダート8.5ハロン1.39.22 3/4身Kennedy Road[Race 1][Race 30]
6.24ハリウッドパーク招待ターフH9頭1人3着W.シューメーカー129芝12ハロン-1 1/2身Typecast[Race 1][Race 31]
10.14サンタアニタカールトンFバークH11頭1人1着D.ピアース128芝10ハロン2.00.21 1/4身(Kentuckian)[Race 1][Race 32]
11. 1サンタアニタオークツリー招待S10頭1人1着W.シューメーカー126芝12ハロン2.27.22身(Queen's Hustler)[Race 1][Race 33]
1973. 3.10サンタアニタサンタアニタHG110頭1人1着L.ピンカイJr.57ダート10ハロン-2.00.0ハナ(Kennedy Road)[Race 34]
3.24サンタアニタサンルイレイSG110頭1人3着L.ピンカイJr.126芝12ハロン--13身Big Spruce[Race 35]
4. 7サンタアニタサンフアンカピストラーノHG17頭1人3着W.シューメーカー127芝14ハロン--3/4身Queen's Hustler[Race 36]
5. 5ハリウッドパークセンチュリーHG111頭1人1着W.シューメーカー127芝11ハロン-2.13.43 1/2身(Wing Out)[Race 37]
5.27ハリウッドパークハリウッド招待HG110頭1人3着W.シューメーカー130芝12ハロン--1 1/2身Life Cycle[Race 38]
6.24ハリウッドパークハリウッド金杯G16頭1人3着L.ピンカイJr.128ダート10ハロン--5身Kennedy Road[Race 39]
7.23ハリウッドパークサンセットHG17頭C1人1着W.シューメーカー128芝12ハロン-2.26.01身(Life Cycle)[Race 40]
9.15ベルモントパークマールボロC招待H7頭C3人3着W.シューメーカー126ダート9ハロン--5 1/2身Secretariat[Race 41]
9.29ベルモントパークウッドワードSG15頭-3着W.シューメーカー126ダート12ハロン--15身Prove Out[Race 41]

種牡馬時代

初めはケンタッキー州スペンドスリフトファームにその後同州のストーンファームに移動した[2][8]

種牡馬としては1982年のケンタッキーダービーガトデルソル を筆頭に7頭のグレードレース、24頭のステークスウィナーを出した[2][8]

1989年6月11日、種付けを行った後に胃破裂を起こしそのまま死去。23歳だった[3]

2006年にアメリカ競馬殿堂入りを果たす[8]。翌2007年からアメリカでの初勝利を挙げたエスコンディードハンデがクーガーハンデキャップ に変更された。

代表産駒

  • 1976年産
    • Angel Island - アルキビアデスS(米G2)・ゴールデンロッドS(米G3)
    • Our Suiti Pie - デルマーオークス(米G2)
  • 1977年産
    • Exploded - ハリウッドパーク招待ターフH(米G1)・デルマーダービー(米G3)
  • 1979年産
    • Gato Del Sol - ケンタッキーダービー(米G1)・デルマーフューチュリティ(米G2)
    • Milingo - アーリントンワシントンラッシーS(米G1)
  • 1982年産
    • First Norman -デルマーダービー(米G2)
  • 1985年産
    • Cougarized - ナシュアS(米G3)

エピソード

  • カリフォルニアでの人気は絶大であり、サンタアニタでは熱烈なファンクラブが「GO COUGAR GO」と書かれたバナーを掲げていた。クーガーが馬場に入るといつも大歓声が起き、クーガーの方でもそれに応えるかのように立ち止まっては観客の方に振り返った[8]
  • 尾が非常に長く、地面に着きそうになるほどだった[2]

血統

Cougar血統(血統表の出典)[§ 1]
父系ボワルセル系
[§ 2]

Tale of Two Cities
父の父
Tehran
Bois Roussel Vatout
Plucky Liege
Stafaralla Solario
Mirawala
父の母
Merida
Jock Asterus
Naic
Torissima Tourbillon
Carissima

Cindy Lou
Madara Nearco Pharos
Nogara
Sun Princess Solario
Mumtaz Begum
母の母
Maria Bonita
Afghan Mahmoud
Coronal
Las Palmas Picacero
La Tentacion
母系(F-No.) (FN:F7) [§ 3]
5代内の近親交配 Solario4×4 Gainsborough5×5×5 Phalaris5×5 Blenheim5×5 [§ 4]
出典
  1. Cougar(CHI) 5代血統表
  2. Cougar(CHI) 5代血統表
  3. Cougar(CHI) 5代血統表
  4. Cougar(CHI) 5代血統表

脚注

注釈

  1. 現在はニュブレ州
  2. ジャクソンカップ
  3. 現在のクーガーハンデキャップ
  4. ジョンヘンリーターフチャンピオンシップステークス
  5. サンガブリエルステークス
  6. サンマルコスステークス
  7. チャールズウィッティンガムステークス
  8. ユナイテッドネイションズステークス
  9. サンルイレイハンデキャップ

出典

リンクの無い新聞記事は全てNewspapers.comを通じての参照で、ページ数はNewspapers.comでのものである。

  1. Cougar(CHI)”. JBIS. 2021年6月12日閲覧。
  2. Avalyn Hunter (2020年12月30日). Cougar II (CHI)”. 2021年6月14日閲覧。
  3. Bill Christine (1989年6月22日). “Cougar II Provided Thrills and a Lesson”. ロサンゼルスタイムズ. https://www.latimes.com/archives/la-xpm-1989-06-22-sp-2751-story.html 2021年6月18日閲覧。
  4. Cougar II (CHI)”. equibasae. 2021年6月20日閲覧。
  5. "La hípica en Chile" P256
  6. “Quicken Tree Loses by Nose”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1970年8月23日)
  7. Bion Abbot (1989年3月11日). “Cougar II Finally Wins Big 'Cap Hard Way”. ロサンゼルスタイムズ: p. 43
  8. David Schmitz (2006年8月7日). Hall of Fame Profile: Cougar Joins Charlie in Hall”. Blood Horse. 2021年6月21日閲覧。

レース結果の出典

  1. Cougar II (CHI)”. equibasae. 2021年6月20日閲覧。
  2. "La hípica en Chile" P84
  3. "La hípica en Chile" P88
  4. "La hípica en Chile" P87
  5. “Del mar Charts 7/25”. ロサンゼルスタイムズ: p. 58. (1970年7月26日)
  6. “Del mar Charts 8/1”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1970年8月2日)
  7. “Del mar Charts 8/8”. ロサンゼルスタイムズ: p. 55. (1970年8月9日)
  8. “Del mar Charts 8/22”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1970年8月23日)
  9. “Del mar Charts 9/08”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1970年9月8日)
  10. Wes Gaffer (1970年10月8日). “Shelter Bay's $15 Win Gives Woodhouse 3 & Jockey Lead”. ニューヨークデイリーニューズ: p. 163
  11. “Belmontr Charts 9/08”. ニューヨークデイリーニューズ: p. 188. (1970年10月18日)
  12. “Oak Tree Charts 10/31”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1970年11月1日)
  13. “Santa Anita Charts 1/1”. ロサンゼルスタイムズ: p. 50. (1971年1月2日)
  14. “Santa Anita Charts 1/23”. ロサンゼルスタイムズ: p. 52. (1971年1月24日)
  15. “Santa Anita Charts 2/20”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1971年2月21日)
  16. “Santa Anita Charts 3/13”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1971年3月14日)
  17. “Santa Anita Charts 4/1”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1971年4月2日)
  18. “HollyPark Charts 5/1”. ロサンゼルスタイムズ: p. 56. (1971年5月2日)
  19. “HollyPark Charts 5/22”. ロサンゼルスタイムズ: p. 58. (1971年5月23日)
  20. “HollyPark Charts 6/26”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1971年6月27日)
  21. “HollyPark Charts 7/26”. ロサンゼルスタイムズ: p. 32. (1971年7月27日)
  22. “Atlantic City Charts 9/18”. Miami Herald: p. 68. (1971年9月19日)
  23. “Belmont Charts 10/2”. ニューヨークデイリーニューズ: p. 181. (1971年10月3日)
  24. “Oak Tree Charts 10/30”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1971年10月31日)
  25. “Santa Anita Charts 2/5”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1972年2月6日)
  26. “Santa Anita Charts 2/26”. ロサンゼルスタイムズ: p. 50. (1972年2月27日)
  27. “Santa Anita Charts 3/11”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1972年3月12日)
  28. “Santa Anita Charts 4/8”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1972年4月9日)
  29. “Holly Park Charts 4/6”. ロサンゼルスタイムズ: p. 48. (1972年4月30日)
  30. “HollyPark Race Charts 5/20”. ロサンゼルスタイムズ: p. 58. (1972年5月21日)
  31. “Holly Park Race Charts 6/25”. ロサンゼルスタイムズ: p. 48. (1973年5月28日)
  32. “Oak Tree Charts 10/14”. ロサンゼルスタイムズ: p. 70. (1972年10月15日)
  33. “Oak Tree Charts 11/1”. ロサンゼルスタイムズ: p. 68. (1972年11月2日)
  34. “Santa anita Charts 3/11”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1973年3月11日)
  35. “Holly Park Charts 3/25”. ロサンゼルスタイムズ: p. 54. (1973年3月25日)
  36. “Holly Park Charts 4/8”. ロサンゼルスタイムズ: p. 58. (1973年4月8日)
  37. “Holly Park Charts 5/6”. ロサンゼルスタイムズ: p. 60. (1973年5月6日)
  38. “Holly Park Charts 5/28”. ロサンゼルスタイムズ: p. 40. (1973年5月28日)
  39. “Holly Park Charts 6/25”. ロサンゼルスタイムズ: p. 38. (1973年6月25日)
  40. “Holly Park Charts 7/24”. ロサンゼルスタイムズ: p. 36. (1973年7月24日)
  41. Raymond G Woolfe JR "SECRETARIAT" 巻末セクレタリアトレースチャート

参考文献

  • Raymond G. Woolfe JR. (1974). SECRETARIAT. Chilton Book Company. ISBN 978-0801961564
    • 2010年に増補して再刊 - Raymond G. Woolfe JR. (2010). SECRETARIAT. Derrydale Press. ISBN 978-1586670672
  • Somarriva Lira, Manuel. La hípica en Chile : 37 años de historia”. チリ競馬場. 2021年6月20日閲覧。
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