グリゴリー・フェイギン

グリゴリー・ヤコフレヴィチ・フェイギン(ロシア語: Григо́рий Я́ковлевич Фе́йгин, ラテン文字転写例:Grigory Yakovlevich Feygin, 1937年4月28日[1] - 2018年3月29日[2])は、ソビエト連邦のヴァイオリン奏者[3]。

ウクライナのハルキウ生まれ。ハルキウ音楽院でヴァイオリンを学び、1956年からモスクワ音楽院に進学してダヴィッド・オイストラフの薫陶を受ける。1961年にプラハ国際音楽コンクールにて優勝[4] を果たした。1963年からピアニストのイーゴリ・ジューコフのジューコフ・ピアノ三重奏団にチェリストの兄ヴァレンティン・フェイギンと共に参加した。1995年から武蔵野音楽大学の客員教授を務めた。妻は著名なピアニストであり指揮者であるウラディミール・アシュケナージの妹であるエレーナ・アシュケナージ(ピアニスト、元武蔵野音楽大学客員教授)。甥は東京音楽大学教授でありチェリストのドミトリー・フェイギン。

註

  1. “Ушел из жизни Григорий Фейгин”. Classica music news ru. (2018年3月30日). オリジナルの2018年3月31日時点におけるアーカイブ。. http://www.peeep.us/4a0fe990 2018年3月31日閲覧。
  2. グリゴリー・フェイギン - Discogs
  3. “グレゴリー・フェイギン 教授”. 武蔵野音楽大学. 2017年1月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年1月31日閲覧。
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