ケリー・オケレケ
ケリー・オケレケ(Kele Okereke、本名:ケレチュクウ・ローランド・オケレケ、Kelechukwu Rowland Okereke、1981年10月13日 - )は、イギリスのミュージシャン、シンガーソングライターである。イングランド・リバプール出身。同国のロックバンド、ブロック・パーティのフロントマン(主にボーカル及びリズム・ギター担当)であり、現在はKele名義でソロ・ミュージシャンとしても活動している。
| ケリー・オケレケ Kele Okereke | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | Kelechukwu Rowland Okereke |
| 生誕 | 1981年10月13日(42歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル |
ポストパンク・リヴァイヴァル オルタナティブ・ロック |
| 担当楽器 | ボーカル、ギターなど |
| 活動期間 | 2002年 – 現在 |
| レーベル |
ウィチタ・レコーディングス V2レコード |
| 共同作業者 | ブロック・パーティ |
来歴
生い立ち
イグボ・ナイジェリア移民系の家庭に生まれる。父親は分子生物学者、母親は助産師で、姉と共に転居先のロンドンで成長した。
1998年のある日、ケリーの通う高校に、後にブロック・パーティのギタリストとなるラッセル・リサックが転校生としてやって来る。2人はすぐに友人になったが、この頃は単なる学友としての付き合いであったという。
一年後、ロンドン大学のキングス・カレッジ・ロンドンに進学したケリーは、観客として訪れていたレディング・フェスティバルの会場にてラッセルと偶然再会し、音楽的にも意気投合した2人はバンド結成を決意する。2003年までに、ゴードン・モークス、マット・トンを加え、4人編成のバンド、ブロック・パーティとして活動を開始する。なお、デビューアルバム『サイレント・アラーム』の発売まで、ケリーは両親にバンド活動のことを秘密にしていたようで、アルバムが大ヒットしバンドが有名な存在となった以後も、卒業まで大学で英文学の勉強を続けていた。
人物
性格
多くのロック・ソングライターがそうであるように、ケリーも多分に皮肉屋でニヒリスト的な言動が多い。英国のいわゆる一流大学で文学を専攻していたこともあり、語彙や表現力の幅が広い。暗喩を多用した婉曲な物言いをしたり、シニカルな冗談を差し挟んで会話の核心を煙に巻いたかと思えば、直情的ながらも冷徹なコメントを発したりと、どこか「掴めない」性格をしている。本音とジョークが交錯する彼のインタビューは非常に機知に富んでおり、本国ではインタビュアーを大いに手こずらせる。一方で、日本を含めた外国メディアに対しては誠実な受け答えが顕著で、ケリー自身の、英国プレスへの不信感もそのシニカル・トークの根底の一部にあるといわれる。
音楽性
ヒップホップやビッグビートなども好み、最近では「ギターロックはある程度アイディアが出尽くした感がある」とコメントしており、とりわけエレクトロニック・ミュージックへの傾倒を強めている。ブロック・パーティーの2nd以降急速に比重を増してきたダンス色の強い楽曲はケリーの主導によるところが大きい。
