ゲブレグジャベル・ゲブレマリアム

ゲブレグジャベル・ゲブレマリアム(Gebregziabher Gebremariam、1984年9月10日 - )はエチオピアの陸上競技選手。専門は長距離走。アテネオリンピック男子5000mエチオピア代表。ティグレ州出身。夫人は同じエチオピアの陸上長距離選手ウェルクネシュ・キダネである。

ゲブレグジャベル・ゲブレマリアム
Gebregziabher Gebremariam
Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム ゲブレグジャベル・ゲブレマリアム
ラテン文字 Gebregziabher Gebremariam
国籍 エチオピアの旗 エチオピア
種目 長距離走
生年月日 (1984-09-10) 1984年9月10日(39歳)
生誕地 エチオピアティグレ州
身長 178cm
体重 56kg
自己ベスト
3000m 7分39秒48 (2005年)
5000m 12分52秒80 (2005年)
10000m 26分52秒33 (2007年)
ハーフマラソン 1時間00分25秒 (2010年)
マラソン 2時間08分00秒 (2011年)
獲得メダル
陸上競技
世界クロスカントリー選手権
金2002 ダブリンジュニア
銀2002 ダブリン国別対抗ジュニア
銅2003 ローザンヌロング
銀2003 ローザンヌ国別対抗ロング
銀2004ブリュッセルショート
金2004 ブリュッセル国別対抗ショート
銀2004 ブリュッセルロング
金2004 ブリュッセル国別対抗ロング
金2005 サン=テティエンヌ国別対抗ショート
銅2006 福岡国別対抗シニア
銀2008 エディンバラ国別対抗シニア
金2009 アンマンシニア
銀2009 アンマン国別対抗シニア
銅2010 ビドゴシチ国別対抗シニア
編集 テンプレートのヘルプを表示する

略歴

2002年、第9回世界ジュニア陸上競技選手権大会では10000m優勝、5000m3位の成績を残した。同年、第30回世界クロスカントリー選手権大会ジュニアで優勝し、クロスカントリーでも世界ジュニアチャンピオンに輝いている。翌2003年、18歳のゲブレマリアムはオールアフリカゲームズ(All-Africa Games)10000mでシレシ・シヒネに次ぐ2位となり、19歳となった直後には第1回IAAFワールドアスレチックファイナル5000mで3位入賞を成し遂げるなど、大きな印象を残した[1]。

2004年3月、ブリュッセルで出場した第32回世界クロスカントリー選手権ではロング・ショートともに同じエチオピア代表のケネニサ・ベケレに次ぐ2位となり銀メダルを獲得した。ベケレ、デジェネ・ビルハヌとともにアテネオリンピック男子5000mエチオピア代表に選出され、5000m決勝ではケニアのエリウド・キプチョゲから0.25秒差の4位となった。第2回IAAFワールドアスレチックファイナル、翌2005年の第3回IAAFワールドアスレチックファイナル5000mではともに4位となった。2007年世界陸上競技選手権大阪大会10000mでは6位入賞の成績を残した。

2008年10月には英国のハーフマラソン大会グレート・ノース・ランに出場し、ハーフマラソンに初挑戦。ツェガエ・ケベデに次ぐ2位となった。2009年第37回世界クロスカントリー選手権ではモーゼス・キプシロ、ゼルセナイ・タデッセを接戦の末に退け、優勝した。

2009-10年のクロスカントリーシーズンはポルトガルのオエイラスクロスカントリー国際大会で優勝したのに続き、アタプエルカ大会、ソリアクロスカントリー国際大会、アルコベンダスクロスカントリー国際大会(すべてスペイン)と勝利した[2][3]。ポーランドで開催された第38回世界クロスカントリー選手権では10位となった。

記録

  • 3000m - 7分39秒48(2005年)
  • 5000m - 12分52秒80(2005年)
  • 10000m - 26分52秒33(2007年)

脚注

  1. Sabrina Yohannes, John Manners, Elshadai Negash (2009-3-26). Focus on Athletes - Gebre-Egziabher Gebremariam IAAF. 2010年4月2日閲覧。
  2. Fernandes, António Manuel (2009-11-21). Gebremariam and Augusto the victors in Oeiras IAAF. 2010年4月2日閲覧。
  3. Valiente, Emeterio (2009-11-29). Comfortable victories for Gebremariam and Masai in Soria IAAF. 2010年4月2日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.