コリン・カーティス
コリン・ベネディクト・カーティス(Colin Benedict Curtis、1985年2月1日 - )は、アメリカ合衆国・ワシントン州イサクア出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | ワシントン州イサクア |
| 生年月日 | 1985年2月1日(39歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 200 lb =約90.7 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2006年 ドラフト4巡目でニューヨーク・ヤンキースから指名 |
| 初出場 | 2010年6月21日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
プロ入りとマイナー時代とヤンキース時代
2006年のMLBドラフトでニューヨーク・ヤンキースから4巡目指名され、入団[2]。
2010年6月21日にメジャーに昇格し、同日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦の5回にA.J.バーネットの代打で出場してメジャーデビューを果たした[3]。翌22日の同カードでチャド・クオルズからメジャー初安打[4]、7月21日のロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム戦では7回にスコット・シールズからメジャー初本塁打を記録した[5]。7月31日にクリーブランド・インディアンスから獲得したばかりのオースティン・カーンズをロースター入りさせる為、AAA級スクラントン・ウィルクスバリ・ヤンキースへ降格した。ロースター拡大後の9月6日に再昇格した[6]。ポストシーズンのロースターにも登録され、この年のアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズのテキサス・レンジャース戦に出場している。
2011年は、スプリングトレーニングで負傷し、DLで開幕を迎える。4月15日に右肩の手術を受け、シーズンを終えた[7]。
独立リーグ時代
その後、アトランティックリーグのサマセット・ペイトリオッツと契約を結び、41試合に出場した。オフに退団。その後は、野球界から遠ざかっている。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | NYY | 31 | 64 | 59 | 7 | 11 | 3 | 0 | 1 | 17 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 1 | 15 | 0 | .186 | .250 | .288 | .538 |
| MLB:1年 | 31 | 64 | 59 | 7 | 11 | 3 | 0 | 1 | 17 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 1 | 15 | 0 | .186 | .250 | .288 | .538 | |
背番号
- 22 (2010年 - 同年途中)
- 27 (2010年途中 - 同年終了)
脚注
外部リンク
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