コリン・サーストン

来歴

ミドルセックスブレントフォードに生まれる[1]トニー・ヴィスコンティに師事し、デヴィッド・ボウイの『ヒーローズ』(1977年)やイギー・ポップの『ラスト・フォー・ライフ』(1977年)にエンジニア・共同プロデューサーとして参加。

単独のプロデュースとしてはマガジンの『セカンドハンド・デイライト』(1979年)が初めてだった。同年にヒューマン・リーグのデビューアルバム『リプロダクションとシングル"I Don't depend on You"のプロデュースを担当した。

サーストンが一気に注目を集めたのはデュラン・デュランのデビューアルバム『デュラン・デュラン (アルバム)』(1981年)と『リオ (デュラン・デュランのアルバム)』(1982年)だった。他にもトーク・トークカジャグーグーのプロデューサーを務めた。

1980年代後半からはカナダのBrouhahaというインディーズレーベル専属のプロデューサーになる。2007年1月に長い間苦しんだ病による死の前までプロデュース業を時折行っていた。

脚注

  1. findmypast.co.uk”. Search.findmypast.co.uk. 2015年2月5日閲覧。
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