コロニア・デル・サクラメント
コロニア・デル・サクラメント(Colonia del Sacramento)は、ウルグアイ南西部コロニア県の県庁所在地。ラプラタ川沿いにあり、対岸にはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスがある。ウルグアイで現存する街では2番目に古い。2004年の統計では人口21,714人。植民地として支配していたポルトガル人の貿易港として栄えた。
| コロニア・デル・サクラメント Colonia del Sacramento | |||
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| 位置 | |||
![]() コロニア・デル・サクラメント コロニア・デル・サクラメント (ウルグアイ) | |||
| 座標 : 南緯34度28分17秒 西経57度50分39秒 | |||
| 歴史 | |||
| 建設 | 1680年 | ||
| 旧名 | コロニア・ド・サクラメント | ||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 県 | コロニア県 | ||
| 市 | コロニア・デル・サクラメント | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2004年現在) | ||
| 市域 | 21,714人 | ||
歴史
コロニア・デル・サクラメントは1680年、ブラジルから南下したポルトガル人であるマヌエル・ロボがコロニア・ド・サクラメント(ポルトガル語:Colônia do Sacramento)として建設した。対岸の当時のペルー副王領のブエノスアイレスを拠点としていたスペイン軍との間で争いとなった。
この都市は1750年のマドリード条約や1777年のサン・イルデフォンソ条約など、条約が結ばれるたびにスペイン領になったりポルトガル領になったため、わずか12ヘクタールの街並に、スペインとポルトガルの建築スタイルが混在している。
1816年以降はウルグアイ川東岸地帯全域がブラジルの支配下に置かれたことから、この町もリオ・デ・ジャネイロ政府に統轄された時期もあった。
世界遺産
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| 英名 | Historic Quarter of the City of Colonia del Sacramento | ||
| 仏名 | Quartier historique de la ville de Colonia del Sacramento | ||
| 面積 | 16ha | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (4) | ||
| 登録年 | 1995年 | ||
| 公式サイト | 世界遺産センター(英語) | ||
| 使用方法・表示 | |||
この歴史的な町並みは、ユネスコの世界遺産に登録されている。ウルグアイで初の世界遺産となった。

コロニア・デル・サクラメント
関連項目
参考文献
魅惑の世界遺産 110選(平山和充著)、115頁。
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