サン=カンタン=ファラヴィエ

サン=カンタン=ファラヴィエ (Saint-Quentin-Fallavier)は、フランス、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏、イゼール県のコミューン。

Saint-Quentin-Fallavier


行政
国 フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏
県 (département) イゼール県
郡 (arrondissement) ラ・トゥール=デュ=パン郡
小郡 (canton) ラ・ヴェルピリエール小郡
INSEEコード 38449
郵便番号 38070
市長(任期) ミシェル・バコニエ
(2008年-2014年)
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération Porte de l'Isère
人口動態
人口 5 932人
(2012年)
人口密度 260人/km2
地理
座標 北緯45度37分59秒 東経5度06分40秒
標高 平均:? m
最低:206 m
最高:364 m
面積 22 83km2 (2 283ha)
Saint-Quentin-Fallavierの位置(フランス内)
Saint-Quentin-Fallavier
Saint-Quentin-Fallavier
公式サイト st-quentin-fallavier.eu

地理

イゼール県にあるコミューンであり、ローヌ県の端と接している。リヨン-グルノーブル-シャンベリをつなぐ軸であるA43を使えば、リヨンから24km、グルノーブルから80kmの距離にある。町は、アルプス山脈につながる一連の丘を背景に持つ。リヨン・サン=テグジュペリ国際空港とは15kmの距離である。サン=カンタン=ファラヴィエは2007年に自治体間連合ポルト・ド・リゼール内に設置されたニュータウン、リゼール・ダボーの一部である。

由来

1885年7月2日の大統領令によって、ファラヴィエがサン=カンタンと合併し、サン=カンタン=ファラヴィエとなった。

歴史

ファラヴィエの地は有史以前から人が定住していた。ガロ=ローマ時代のネクロポリスと2世紀の水道構造がこの地で発見されている。最初の城は既に13世紀に存在していた。この城を1250年以後に取得したサヴォワ伯は力を拡大し強力になっていった。サヴォワとドーフィネの国境紛争が終わると、城は次第に強力なアランジュ家の同意を得て放棄されていった。

コミューンでは19世紀に鉄が採掘されていた。

リヨン人口密集地に近いため、リヨン・サン=テグジュペリ国際空港の設置、欧州規模の経済活動ゾーンの中にニュータウンが創設された。

2015年6月26日、経済活動ゾーンの中にあるアメリカ資本のエア・プロダクツ・アンド・ケミカルズ社の産業ガスプラントが襲撃された。1人が死亡、2人が負傷している[1]。

人口統計

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2012年
1483 1860 4069 4321 4977 5841 6111 5932

source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[2]、2004年以降INSEE[3][4]

史跡

コミューンには2つの歴史文化財がある[5]。

  • アランジュのメゾン・フォルト(要塞化された住宅) - 14世紀
  • ラ・サラジニエール - ローマ遺跡

姉妹都市

2015年6月時点でサン=カンタン=ファラヴィエと姉妹都市協定を結んでいるのは以下の自治体である[6]。

脚注

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