シモーネ・ロータ

シモーネ・ロータSimone Rota1984年11月6日 - )は、イタリアフィリピンのサッカー選手。フィリピン代表。ポジションはDFあるいはMF

シモーネ・ロータ
名前
本名 シモーネ・モンディアリ・ロータ
ラテン文字 Simone Rota
基本情報
国籍 フィリピンの旗 フィリピン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1984-11-06) 1984年11月6日(39歳)
出身地 フィリピンの旗 フィリピンパラニャーケ
身長 178cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム フィリピンの旗 カヤ-イロイロ
ポジション MF/DF
背番号 23
ユース
-2002 イタリアの旗 プロ・セスト
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2010 イタリアの旗 プロ・セスト 127 (5)
2006 イタリアの旗 マンフレドーニア(loan) 7 (0)
2008-2009 スイスの旗 ルガーノ(loan) 17 (6)
2010-2012 イタリアの旗 ボルゴマネーロ 33 (3)
2012 イタリアの旗 アスティ 10 (3)
2012-2013 イタリアの旗 トレッツァーノ 17 (0)
2013-2014 イタリアの旗 ヴェルバーノ
2014-2016 フィリピンの旗 スタリオン 47 (8)
2017 フィリピンの旗 セレス・ネグロス 3 (0)
2017-2018 フィリピンの旗 ダバオ・アギラス 35 (1)
2019- フィリピンの旗 カヤ-イロイロ 4 (0)
代表歴2
2004-2005 イタリアの旗 レガ・プロU-20
2014-  フィリピン 40 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年8月7日現在。
2. 2018年3月22日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

クラブ歴

1984年11月にパラニャーケにあるフランシスコ会運営の孤児院に置去りにされ、翌年初めまでここで育った[1][2]。翌年、同月生まれの女児と共にイタリア人に引き取られた[1][2][3]

2001-02シーズンにセリエC2に所属するACプロ・セストのトップチームに昇格し、翌年にはレギュラーに定着。2004-05シーズンにはセリエC2のグループAで優勝しセリエC1に昇格した。2006年1月にはSSマンフレドーニア・カルチョにレンタル移籍[4]。10位で終えたマンフレドーニアに対して、プロ・セストは降格した。レンタル移籍終了後は改めてレギュラーとなった[5]。2008年にはスイス・チャレンジリーグFCルガーノにレンタル移籍した[6]。2009年にプロ・セストに復帰したものの、クラブは破産した。

その後、ASDCボルゴマネーロACDアスティなどに在籍した。2013年10月には彼がフィリピン代表に選ばれるためにユナイテッド・フットボールリーグへの移籍に興味を持っている事が報じられた。2014年1月にスタリオンFCと契約し同リーグに加入した。

代表歴

彼はイタリア・レガ・プロ代表のU-20チームに選抜された[7]。ミロプカップではシュタイアーマルク州クロアチアハンガリースロベニアのユース代表と戦い、優勝した[8][9]。2005年にはトロフェオ・ドッセーナにも同代表として出場したが、SCインテルナシオナルに決勝戦で敗れた。なお彼は決勝戦には出場していなかった[10]

フィリピン代表初招集は2014年2月で[11]、3月1日のマレーシア代表との親善試合で代表初出場を飾った。代表初得点となったのはAFCチャレンジカップ2014のグループステージ、5月22日に行われたラオス代表戦であった。 2016年8月には前十字靭帯を断裂し、2016年中に復帰出来ないために2016 AFFスズキカップへの出場が不可能になった[12]。なお、同じ8月には同じく代表であるパトリック・ライヒェルトも同じく前十字靭帯を断裂し2016 AFFスズキカップへの出場が不可能になっている。

個人

2014年にフィリピンに帰ってきて以降、自らが育った孤児院でボランティアをしている。

イタリアに育ったため、イタリア語は流暢である他方、英語フィリピン語は得意ではない[1][3]。また、ACミランのファンである。

体には多数の刺青を施しており、その中にはフィリピン諸島の形も見られる。右手には育ての父母や姉の名前、左手には孤児院の名前などが入れられている[13]

個人成績

代表での得点一覧[14]

#日附場所対戦相手得点結果大会
1.2014年5月22日モルディブの旗 アッドゥアッドゥ・フットボール・スタジアム ラオス1–02–0AFCチャレンジカップ2014
2.2014年11月22日ベトナムの旗 ハノイミーディン国立競技場 ラオス1–14–12014 AFFスズキカップ

参考文献

  1. Bob Guerrero (2014年4月21日). Azkal Simone Rota enjoys his long journey back home”. Yahoo Sports. 2015年3月24日閲覧。
  2. Castillejo, Dyan (2016年2月18日). “Azkals' Simone Rota searching for biological parents”. ABS-CBN News. http://news.abs-cbn.com/sports/02/17/16/azkals-simone-rota-searching-for-biological-parents 2016年2月18日閲覧。
  3. Cedelf P. Tupas (2014年5月24日). Laos goal sweetens Simone Rota’s journey”. Inquirer.net. 2015年3月24日閲覧。
  4. “Ancora un acquisto per il Manfredonia: dalla Pro Sesto arriva Simone Rota” (Italian). TeleRadioErre. (2006年1月31日). http://www.teleradioerre.it/news/articolo.asp?idart=14953 2011年5月3日閲覧。
  5. “Girone A Sconti ai tifosi dal Padova e dal Venezia” (Italian). La Gazzetta dello Sport. (2007年4月28日). http://archiviostorico.gazzetta.it/2007/aprile/28/Girone_Sconti_tifosi_dal_Padova_ga_10_070428054.shtml 2011年5月3日閲覧。
  6. Transferübersicht Dosenbach Challenge League - Saison 2008/09 (Sommer) (German). Swiss Football League (ca. November 2008). 2011年5月3日閲覧。
  7. “C.U. No.289: ATTIVITA’DI RAPPRESENTATIVA DI LEGA - STAGIONE SPORTIVA 2004/2005” (Italian). Lega Pro. (2005年6月20日). http://www.lega-pro.com/it/Comunicati/Comunic2005/Lega/Lega%20289.pdf 2011年5月3日閲覧。
  8. “UNGHERIA UNDER 20- ITALIA "C" UNDER 20 3-1” (Italian). Lega Pro. (2005年10月5日). http://www.lega-calcio-serie-c.it/it/attrapp/RappresentativaLega/Ungheria-Italia.pdf 2011年5月3日閲覧。
  9. RSSSF.com
  10. “CROAZIA - ITALIA UNDER 20 1-2, MIROP CUP” (Italian). Lega Pro. (2005年12月14日). http://www.lega-calcio-serie-c.it/it/attrapp/RappresentativaLega/Nota%20Stampa%2014-12.pdf 2011年5月3日閲覧。
  11. “Thomas Dooley Forms 34-man Training team for Azkals”. Philippine News. (2014年2月17日). http://philnews.ph/2014/02/17/thomas-dooley-forms-34-man-training-team-for-azkals/ 2014年4月14日閲覧。
  12. Lorenzo Del Carmen (2016年8月27日). Stallion defender Rota out with knee injuries”. Tiebreaker Times. 2016年9月11日閲覧。
  13. Azkal Simone Rota: From Italy to Buklod Kalinga Para Sa Kapwa”. Farther Further (Weebly) (2014年6月16日). 2015年3月24日閲覧。
  14. シモーネ・ロータ - Soccerwayによる個人成績

外部リンク

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