シャントセ=シュル=ロワール

シャントセ=シュル=ロワール (Champtocé-sur-Loire)は、フランス、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏、メーヌ=エ=ロワール県のコミューン。

Champtocé-sur-Loire



行政
国 フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏
県 (département) メーヌ=エ=ロワール県
郡 (arrondissement) アンジェ郡
小郡 (canton) サン=ジョルジュ=シュル=ロワール小郡
INSEEコード 49068
郵便番号 49123
市長(任期) ヴァレリー・レヴェック
(2008年 - 2014年)
自治体間連合 (fr) C.C. Loire-Layon
人口動態
人口 1 822人
(2008年)
人口密度 50人/km2
住民の呼称 Champtocéen, Champtocéenne
地理
座標 北緯47度24分45秒 西経0度51分43秒
標高 平均:73m
最低:11m
最高:83 m
面積 36.76km2 (3 676ha)
Champtocé-sur-Loireの位置(フランス内)
Champtocé-sur-Loire
Champtocé-sur-Loire
公式サイト Site de Champtocé-sur-Loire

地理

シャントセの三日月湖

ロワール川右岸にあるアンジュー地方のコミューンである。県道219号線沿い、サン=ジョルジュ=シュル=ロワールの西に位置する。

かつてのロワール川の名残であるシャントセの三日月湖は、オクサンヌ・ロム川から水を供給され、アングランドにて再びオクサンヌ・ロム川と合流する。かつては航行が可能で、丸太を浮かべ運搬も可能だった。

由来

シャントセとはケルト語で「光り輝く」を意味するcanthosに由来する。現在のつづりは15世紀からのものである。

歴史

巨石記念物の存在が、新石器時代からの人の定住を証明している。カロリング朝時代のサルコファガスが発見され、9世紀のシャントセには城があったことが証明された。教会の最も古い痕跡は11世紀のものである[1]。

第一次世界大戦で、55人のシャントセ住民が死亡した。第二次世界大戦中には10人が殺害された[2]。

人口統計

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2011年
1398 1384 1320 1233 1335 1533 1701 1822

参照元:1999年までEHESS[3]、2004年以降INSEE[4][5]

史跡

シャントセ城
  • シャントセ城 - 13世紀に建てられた城は現在廃墟となっている。ブルターニュとの国境に近い、アンジュー伯の軍事上の要所であった。

ゆかりの人物

脚注

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